

不当利得返還請求とは、法律上の理由がないのに他人の財産から利益を受けた人に対して、その利益を返すよう求める請求です(民法703条)。
相続の場面でよく問題になるのは、親の生前に、親名義の預金が無断で引き出されていたケースです。この場合、請求の出発点は「相続人が損をしたこと」ではなく、「親が損をしたこと」にあります。
親と同居していた子や、通帳・キャッシュカードを預かっていた親族が、親に断りなく預金を引き出して自身のために使っていた——典型的なのはこうしたケースです。
このとき損をしたのは、預金を減らされた親本人です。そのため、引き出された時点で、親が引き出した人に対して「お金を返してほしい」と求める権利(不当利得返還請求権)を持つことになります。
年金や保険の解約金など、いったん親の口座に入ったお金が引き出された場合も、預金の無断引き出しとして同じように考えます。
親が亡くなると、この返還請求権は、親のほかの財産と同じように相続人に引き継がれます(民法896条)。
相続人は「自身が損をしたから」ではなく、親が持っていた権利を相続した立場で請求することになります。相続人が請求できる額も、この権利をどれだけ引き継いだかで決まります。
遺産とは、亡くなった人が亡くなった時点で持っていた財産や権利・義務のすべてをいいます。引き出されたお金そのものは親の手元に残っていませんが、親が持っていた返還請求権は、遺産に含まれます。
ただし、この権利は「お金を払ってもらう権利」なので、相続が始まると同時に、相続分に応じて各相続人に当然に分かれます。そのため、原則として遺産分割の対象にはなりません。相続人全員が同意すれば遺産分割の中で清算することもでき、その方法は後の「進め方」の章で説明します。
無断で引き出された預金を取り戻す方法は、不当利得返還請求だけではありません。親が引き出した人に対して持っていた権利として、次の3つが考えられます。
請求の方法 | 何を求める? | 時効は? |
不当利得返還請求 | 得をした分の返還 | 知った時から5年/請求できる時から10年 |
不法行為にもとづく損害賠償請求 | 与えた損害の賠償 | 損害と相手を知った時から3年/引き出した時から20年 |
委任契約にもとづく請求 | 管理を任された義務に反した引き出しによる損害の賠償 | 知った時から5年/請求できる時から10年 |
委任・準委任にもとづく請求は、親が子に通帳の管理を任せていたような場合に使えます。任された人には、親のためにきちんと管理する義務と、使い道を報告する義務があります(民法644条・645条・656条)。
いずれも親の権利を相続したものなので、どの方法でも、請求できる額は自身の相続分に当たる部分です。どれを使うかは、証拠の内容や時効の残り期間を見て判断します。
いずれの法的構成をとるかは、そのときの状況等によりますので、一概にどれが最も有利な構成ということはいえません。使い込み案件では、具体的事案に即して、どの法律構成にするかにつき、最も自分にとって有利なものを選ぶことになります(複数の法的構成を予備的に主張することも可能です)。
本稿では特に「不当利得」を取り上げて議論を進めていきます。

弁護士ドットコムの「みんなの法律相談」に寄せられた相続の相談30,302件のうち、預金の使い込みや使途不明金、無断の引き出しに触れた相談は970件ありました。
そのうち、入院・認知症・介護・施設など親の生前の状況に触れた相談が500件(52%)で、亡くなった後の引き出しに触れた相談の170件(18%)を大きく上回っています。
通帳や取引履歴に触れた相談は301件(31%)ありました。相手から「贈与された」などと反論された相談も163件(17%)と、少なくありません(2021年4月1日〜2026年7月8日に投稿された相談。title・質問文の語句で分類、複数該当あり。当社調べ、n=30,302)。
使い込みに気づいたとき、まず確認したいのは「いつ引き出されたか」です。時期によって、請求できる人と権利の性質が変わります。
引き出された時期 | 請求できる人 | 権利の性質 |
親の存命中(今も生きている) | 親本人(または成年後見人) | 親自身の権利 |
親が亡くなる前(親はすでに死亡) | 相続人 | 親から相続した権利 |
親が亡くなった後 | ほかの相続人 | 相続人自身の権利 |
どの時期でも、請求するための手続きが1つに決まっているわけではありません。話し合いや遺産分割の中で解決できることも多く、手続きの選び方は後の「進め方」の章で説明します。
親が生きている間は、子が将来の相続人であっても、自身の名前で返還を請求することはできません。返還を求める権利を持っているのは、親本人だからです。
親の判断能力が低下していて自ら請求できないときは、判断能力の程度に応じて家庭裁判所に成年後見人・保佐人・補助人を選んでもらい、必要に応じてその人が親に代わって返還を求めます。
弁護士ドットコムの「みんなの法律相談」には、「施設に入った父のアパート収入を母が使い込んでいるので止めたい。成年後見人を立てるにはどうすればよいか」という相談が寄せられています。
成年後見を申し立てる流れや必要書類は、次の記事でくわしく解説しています。
この時期の引き出しは、親本人が同意していた可能性があるため、相手から「親に頼まれた」「親からもらった」と反論されやすいのが特徴です。引き出した時期に親がどんな状態だったかが、後で説明する要件や証拠の中心になります。
生前から亡くなった後まで引き出しが続いているときは、亡くなる前の分と後の分を分けて金額を計算します。前者は親から相続した権利、後者は次に説明する相続人自身の権利として扱います。
この間に一人が無断で払い戻した場合、ほかの相続人は、自身の相続分を侵害されたとして返還を求められる場合があります。払い戻された預金を遺産に含めて分ける方法もあります(民法906条の2)。
また、2019年7月1日に施行された民法906条の2により、引き出した人以外の相続人全員が同意すれば、引き出された分を「遺産として残っているもの」とみなして遺産分割ができます。引き出した本人の同意はいりません。
亡くなった後の引き出しや口座凍結の扱いは、次の記事も参考になります。
不当利得返還請求が認められるには、次の4つの要件をすべて満たす必要があります。親が亡くなる前の使い込みでは、これらは亡くなった親と引き出した人との間で判断します。相続人の取り分が減ったかどうかを見るのではありません。
親の預金を自身の生活費や買い物、借金の返済などに充てていれば、引き出した人は財産上の利益を受けています。これが1つ目の要件です。
2つ目の要件は、預金が引き出されたことで親の財産が減っていることです。ここでいう損失は親に生じたもので、請求する相続人に損失があるかどうかは問いません。
3つ目の要件は、引き出した人の利益と親の損失が、同じ引き出しによって生じていることです。親の口座から引き出されたお金が相手のために使われていれば、このつながりが認められます。
4つ目の要件は、引き出しに法律上の正当な理由がないことで、実際に最も争いになるのがここです。親が同意して贈与していた場合や、親に頼まれて親の医療費・生活費に充てていた場合は、不当利得が成立しないことがあります。
なお、贈与だと認められた場合でも、それが相続人への婚姻・養子縁組のためや生計の資本としての贈与であれば、特別受益(一部の相続人が生前に受けた特別な利益)として、遺産分割で取り分を調整できることがあります。特別受益の考え方は、次の記事でくわしく解説しています。
使い込まれた金額がそのまま自身に戻るとは限りません。請求できる額には、相続分と相手の事情による限りがあります。

親の返還請求権は、相続と同時に各相続人の相続分に応じて分かれます。そのため、一人の相続人が請求できるのは、使い込まれた額のうち自身の相続分に当たる部分までです。遺言で相続分が指定されていれば、その割合によります。
たとえば、相続人が子2人(長男・長女)で、長男が親の預金200万円を無断で引き出していた場合、長女が長男に請求できるのは法定相続分2分の1の100万円です。
長男が相続放棄をしていなければ、長男自身の分の100万円は、返してもらう権利と返す義務が同じ人に重なるため、法律上消滅します(これを「混同」といいます)。
「みんなの法律相談」にも、実家の近くに住む姉が病気の父の口座から2,500万円を引き出していたとして、不当利得返還請求でどのくらい戻るのかを尋ねる相談が寄せられています。
子の配偶者や親族、施設の職員など、相続人ではない人が引き出した場合も、親の返還請求権を相続人が相続分に応じて引き継いで請求できます。相手が相続人ではないので、混同で消える分はありません。
たとえば、父が亡くなる5日前に、相続人ではない義理の姉が父の口座から1,200万円以上を引き出していた、という相談も「みんなの法律相談」に寄せられています。
引き出した人 | 返す範囲 |
理由がないと知っていた(悪意) | 受けた利益の全額に利息を付けて返す。損害があれば賠償も |
知らなかった(善意) | 手元に残っている利益の限度で返す |
親に断りなく預金を引き出した人は、通常「知っていた」と評価されやすいでしょう。知らなかった場合でも、引き出したお金を自身の生活費など本来自ら払うべき支出に充てていれば、その分の出費を免れた利益が残っているとして、返還の対象になります。
返還が認められても、相手にお金や財産がなければ、実際に回収するのは難しくなります。判決を得ても、差し押さえる財産がなければ回収できないためです。
相手が財産を使い切ってしまう前に、できるだけ早く請求の準備を始めることが大切です。
不当利得返還請求では、引き出しに正当な理由がないことを、請求する側が証拠で示す必要があります。どこまで示せばよいかは、親の財産管理の状況や相手の説明によって変わります。遺産の使い込みの証拠やチェックは、次の記事も参考になります。
相続人の一人であれば、単独で金融機関に過去の取引履歴の開示を求められます。いつ・いくら・どの支店で引き出されたかを時系列で整理します。
カルテ・介護記録・要介護認定の記録などから、引き出した時期に親が自ら預金を下ろせる状態ではなかったことがわかれば、親の意思による引き出しではないと主張しやすくなります。
「親の介護費に使った」という反論に備え、実際にかかった費用の領収書を集めます。引き出し額との差が、使い込みを裏づける材料になります。
贈与の書面があるか、その時期に親が自ら判断できる状態だったかが確認のポイントです。通帳の記録だけでは足りないことが多いため、上の資料と組み合わせて示します。
相手が相続人の一人であれば、いきなり訴訟を起こすのではなく、まず遺産分割の話し合いの中で使い込み分の清算を求めるのが一般的です。一般的な流れは次のとおりです。
不自然な引き出しを洗い出し、介護費や医療費など親のために使われた分を差し引いて、請求する額を計算します。あわせて、自身の相続分に当たる額も確認しておきます。
「引き出した分を返してもらう」「その分を相手の取り分から差し引く」といった形で、遺産の分け方とあわせて清算を求めます。
相手が返還や清算に応じたら、合意した内容を書面に残しておきます。口約束のままだと、後で支払いが滞ったときに困ります。
遺産分割調停とは、家庭裁判所で調停委員会(裁判官または家事調停官1名・調停委員2名以上)を交えて、遺産の分け方を話し合う手続きです。調停では、親の生前に引き出された分も、相続人全員が同意すれば遺産分割の中で清算できます。
一方、相手が引き出しや金額を認めないなど全員の合意が得られない場合、生前の使い込みは遺産分割の審判では決められません。その場合は、別に訴訟で決着をつけることになります。
「みんなの法律相談」でも、使途不明金を調停で扱う場合と、別の訴訟で扱う場合の違いを尋ねる相談が寄せられています。
遺産分割調停の流れや準備は、次の記事で確認できます。
訴訟では、不当利得返還請求(または不法行為にもとづく損害賠償請求)として、集めた証拠をもとに、引き出しの事実と金額、親の同意がなかったことを主張します。
訴訟は、原則として相手の住所地の裁判所に起こしますが、金銭の請求なので請求する人の住所地の裁判所にも起こせます(民事訴訟法4条・5条1号)。
【データで見る】使い込みの解決は、話し合いと調停が6割超
相続弁護士ドットコム掲載事務所の解決事例1,212件のうち、預金の使い込みや使途不明金、不当利得に触れた事例は122件ありました。
解決方法の内訳は、調停42件(34%)、協議(話し合い)37件(30%)、訴訟37件(30%)、審判5件(4%)、その他1件(1%)です。
協議と調停を合わせると79件(65%)になり、訴訟に進まずに解決した事例が多数を占めています(2026年8月時点。事例本文の語句で分類。当社調べ、n=122)。
使い込みに気づいても、時効が完成すると返還を求められなくなるおそれがあります。

不当利得返還請求権は、請求できることを知った時から5年、または請求できる時(引き出された時)から10年の、どちらか早いほうで時効により消滅します(民法166条1項)。長い期間にわたって使い込みが続いている場合は、引き出しごとに時効を確認します。
2020年4月1日に改正民法が施行される前に引き出された分には、改正前の民法が適用され、引き出された時から10年で時効になります。
親から引き継いだ権利なので、「知った時」は原則として親が知った時を基準に考えます。親が生前に引き出しと相手を知っていれば、その時から時効が進みます(不法行為の3年も同じです)。
親が知らないまま亡くなった場合は、相続人が請求できることを知った時から5年が進むという考え方が有力ですが、いつ「知った」といえるかは事案ごとに判断されます。ただし、どの場合でも引き出された時から10年が上限です。
内容証明郵便(いつ・誰に・どんな内容の手紙を送ったかを郵便局が証明する制度)で返還を請求すると、その時から6か月間、時効の完成を先に延ばせます。
ただし、この6か月の間に再度請求しても期間は延びないため、その間に訴訟など、時効の完成猶予・更新につながる手続きをとる必要があります。書面には、いつ・いくら引き出されたか、請求する金額と根拠、支払い期限を具体的に書きます。利息・遅延損害金の起算点は事案によって異なるため、書き方は弁護士に確認してください。
貴殿は、亡○○の生前、同人名義の預金口座から、令和○年○月○日に金○○円を同人に無断で引き出し、取得されました。これにより、亡○○は貴殿に対し、不当利得返還請求権(または不法行為にもとづく損害賠償請求権)を取得しました。
私は、上記請求権のうち、私の相続分(○分の○)に相当する金○○円を相続しました。
つきましては、同額およびこれに対する令和○年○月○日(引き出し日)から支払済みまでの利息を、本書面到達後2週間以内に下記口座へお支払いくださるよう請求いたします。
親が亡くなった時点で持っていた返還請求権は、相続財産として相続税の対象になり得ます。
相続税の申告と納税の期限は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。使い込みの争いが続いて遺産の分け方が決まらないときでも期限は延びないため、いったん法定相続分で分けたものとして申告し、決着後に修正申告や更正の請求で調整します。具体的な税額や申告の方法は、税理士に相談するのが確実です。
請求できなくなるわけではありません。相続放棄をした人は、初めから相続人でなかったものとして扱われるため、権利と義務が重なって消える「混同」も生じません。
そのため、放棄した人の分も含めた返還請求権の全額を、放棄した人を除く相続人が、放棄後の相続分に応じて引き継ぎます。使い込まれた全額を、残りの相続人がそれぞれの相続分に応じて請求できることになります。
弁護士費用は事務所や請求額によって異なります。一般には、依頼時に払う着手金と、回収できた額に応じて払う報酬金の組み合わせが多く使われています。
相続の弁護士費用の相場や内訳は、次の記事で確認できます。
【データで見る】使い込み専用の料金を掲げる事務所の着手金は、中央値33万円
相続弁護士ドットコム掲載事務所の料金表681件のうち、使い込みや使途不明金、不当利得返還請求の専用の料金を掲げていた事務所は12件でした。
このうち、請求する側の着手金を読み取れた9件では、20万〜55万円の幅で、中央値は33万円でした。報酬金は、回収した額に一定の割合を掛けて計算する事務所が多く見られます(2026年8月時点。着手金は料金表に記載された最低額。当社調べ、n=9)。
親の生前に預金が使い込まれていた場合、親は引き出した人に対して返還請求権を持っていました。相続人は、この権利を相続分に応じて引き継いで請求します。
請求できるのは自身の相続分に当たる額までです。相手が相続人の一人なら、まずは遺産分割の話し合いや調停の中で清算を求めるのが一般的で、合意できなければ訴訟に進みます。時効は、知った時から5年・引き出された時から10年が目安です。
使い込みが疑われても、どこまでが親のための支出か、贈与だったと反論されたときに崩せる証拠があるかは、自身だけで判断するのが難しいところです。時効が迫っている場合もあります。
まずは弁護士への初回相談で、取引履歴をもとに請求できる額と、話し合い・調停・訴訟のどれで進めるのがよいかを確認しておきましょう。

京都弁護士会所属。当事務所は東京本店を基軸に全国に30以上のオフィスを展開しており、それぞれが地域に密着した法サービスを提供しています。特に相続の不動産の扱いに幅広いノウハウがあり、最適なリーガルプランを提供します。