


まずは、滅失登記がどんな手続きで、相続とどう関わるのかを押さえておきましょう。
建物滅失登記とは、建物を取り壊したときに、その建物の登記記録(登記簿)を閉じる登記です。
不動産の登記には、土地や建物の物理的な状態を記録する「表示に関する登記」と、誰が所有者かなどを記録する「権利に関する登記」があります。滅失登記は前者にあたります。
建物を壊しても登記簿はひとりでに消えません。取り壊した事実を申請して、はじめて登記簿が閉じられます。
相続した実家や空き家を取り壊したときも、この滅失登記が必要です。
使わない実家を相続して、老朽化した建物を解体するというケースは、近年とても増えています。
「亡くなった親の名義のままだから、自分では手続きできないのでは」と思う方もいますが、そんなことはありません。名義が被相続人のままでも、相続人が滅失登記を申請できます。
その具体的な進め方は、このあとの章でくわしく解説します。
解体したのに滅失登記をしないままだと、いくつもの不利益が生じます。
さらに、正当な理由なく期限内に申請しないと、10万円以下の過料の対象にもなります。期限やペナルティは、あとの章で説明します。
ここからが本題です。相続した建物を解体した場合、滅失登記は相続人がそのまま申請できます。名義変更を先に済ませる必要はありません。
相続した建物を解体したとき、先に建物の相続登記(名義変更)をしていなくても、滅失登記は申請できます。
どうせ取り壊して登記簿を閉じる建物のために、わざわざ名義を自分に変える相続登記をするのは、費用も手間も無駄になってしまいます。
そこで、建物については相続登記を省き、相続人が直接、滅失登記を申請するのが一般的です。
なお、これは建物の話です。土地の名義は別問題で、土地は相続登記が必要になります。この点はあとの章でふれます。
建物の名義が、亡くなった親(被相続人)のままでも、さらに古く祖父母の名義のままでも、相続人が滅失登記を申請できます。
古い実家では、登記簿の名義が何十年も前の祖父のまま、ということも珍しくありません。
その場合でも、自分がその建物を相続した相続人であることを、戸籍で証明すれば申請できます。
実際に、弁護士ドットコムの「みんなの法律相談」にも「相続登記をしていない亡父名義の家を、いずれ解体することになりそうだが、登記していない建物でも解体や手続きができるのか」という相談が寄せられています。
この相談への回答でも、解体と登記は別の問題で、解体業者が出す証明書を使えば相続人名義で滅失登記を申請できる、と説明されています。
相続人が滅失登記を申請するときは、自分が相続人だと示すために、次のような戸籍を添えます。
※通常は、被相続人の出生から死亡までの戸籍(除籍)謄本を集めることで、上記2点をまかなうことができます。被相続人の本籍地のある市区町村役場に「被相続人の出生から死亡までの戸籍・除籍謄本一式」を出してくれるように伝えると、役所の人は心得があるので、手早く調査して出してくれます。ただし、被相続人が他の市区町村に「転籍」(=本籍地を移動させること)していると、複数の市区町村に調査をかける必要があります。
名義が祖父など古いままの場合は、祖父から親、親から自分へと相続がつながることを示す戸籍が必要になり、集める範囲が広がります。
戸籍を何通も添えるかわりに、法定相続情報一覧図の写しを使えることもあります。相続関係を1枚にまとめた証明書で、一度作れば各種の相続手続きで戸籍の束の代わりになります。
作り方は次の記事で解説しています。相続手続きが重なりそうなら、早めに用意しておくと便利です。
必要な戸籍の集め方や、一覧図を使えるかは、管轄の法務局に事前に相談すると確実です。
相続人が何人もいる場合でも、そのうちの1人から滅失登記を申請できます。全員の同意は必要ありません。
滅失登記のような表示に関する登記は、財産の現状を整える「保存行為」にあたるため、共同相続人の一人が単独で申請できるのです。
「兄弟全員の署名や実印をそろえないと手続きできないのでは」と身構える必要はありません。まず動ける人が申請を進められます。
ただし、解体そのものを誰が費用を出して行うか、といった相続人どうしの取り決めは別の話です。解体前に話し合っておくと、あとのトラブルを避けられます。
相続した古い建物のなかには、そもそも登記されていない「未登記建物」もあります。この場合は手続き先が変わります。
建てたときに登記をしていない建物を、未登記建物といいます。
昔の建物や、増築部分、農地の作業小屋などでは、登記がされていないことが少なくありません。
相続した実家を調べてみたら、建物の登記がなかった、というのはよくあるケースです。
その建物が登記されているかどうかは、法務局で登記事項証明書(登記簿謄本)を取れるかどうかで確認できます。
登記があれば証明書が発行され、なければ「登記記録がない」と案内されます。
市区町村から届く固定資産税の課税明細で、「未登記」と記載されていることもあります。あわせて確認しておきましょう。
その建物にどんな課税がされているかは、市区町村で名寄帳(固定資産課税台帳)を取ると一覧でわかります。相続した不動産の全体像をつかむのにも役立ちます。
未登記の建物を取り壊した場合は、法務局への滅失登記ではなく、市区町村役場へ「家屋滅失届」を提出します。
もともと登記簿がないため、閉じるべき登記記録もありません。そのかわり、固定資産税の課税をやめてもらうために、市区町村へ届け出るのです。
届け出をしないと、壊した建物に固定資産税が課され続けてしまうことがあります。届出先の名称や様式は自治体によって異なるため、建物のある市区町村の資産税課に確認しましょう。
次に、いつまでに、どんな書類でするのかという実務の要点を確認します。
建物を取り壊したら、滅失の日から1か月以内に滅失登記を申請する義務があります(不動産登記法57条)。
この「滅失の日」は、建物を取り壊し終えた日を指します。解体業者が出す証明書に、取り壊した日付が記載されます。
正当な理由なくこの申請を怠ると、10万円以下の過料の対象になります(同法164条)。
過料とは、義務違反に対して科されるお金の制裁(行政上の秩序罰)で、刑罰の罰金とは別のものです。前科はつきませんが、放置すると土地の売却などにも支障が出るため、早めに済ませましょう。

相続人が滅失登記を申請するときの主な書類は、次のとおりです。
あわせて、建物の位置を示す案内図(住宅地図など)を添えるのが一般的です。
登記申請書は、法務局のホームページで様式を確認できます。書き方に迷ったら、管轄の法務局で相談できます。
解体業者が廃業していたり、証明書を紛失したりして、取毀証明書が手に入らないこともあります。
その場合でも、あきらめる必要はありません。建物がすでに存在しないことを別の方法で示して、申請できることがあります。
たとえば、申請人が作成する上申書に、建物が滅失した経緯を記載する方法などです。どの書類で対応できるかは事案により異なるため、管轄の法務局に相談しましょう。
解体は後戻りできません。相続した建物では、取り壊す前に確認しておきたい相続特有の注意点があります。
住宅が建っている土地には、固定資産税を軽くする特例(住宅用地の特例)があります。
建物を取り壊して更地にすると、この特例が外れ、土地の固定資産税は最大でおよそ6倍になり得ます。
正確には、税額の計算のもとになる課税標準額が最大6倍になるという意味です。空き家を壊してそのまま持ち続けると、翌年から税負担が重くなる点は知っておきましょう。
解体の時期や、売却・活用の予定とあわせて、負担がいつから増えるかを見きわめることが大切です。
相続した空き家を取り壊して土地を売る場合、一定の要件を満たすと、譲渡所得(売却益)から最大3,000万円を差し引ける特別控除が使えることがあります。
「被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特別控除」と呼ばれる制度です。主な要件は次のとおりです。
なお、この家屋・敷地を相続した人が3人以上いるときは、1人あたりの控除額が2,000万円に下がります。
要件は細かく、税額の有利・不利は個々の事情で変わります。使えるかどうかは、売却の前に税理士へ確認しておくと安心です。仮に課税額がゼロ円であったとしても、市区町村で確認書を取得し、翌年確定申告をする必要がありますので、その点も税理士に相談・依頼するとよいでしょう。
これがもっとも注意したい点です。相続放棄を考えているなら、相続した建物を自分の判断で解体してはいけません。
相続放棄とは、プラスの財産も借金も、いっさい引き継がない手続きをいいます。
相続した建物を取り壊すことは、相続財産の「処分」にあたると判断される可能性が高く、そうなると法律上、相続を承認したものとみなされます(法定単純承認)。
その結果、あとから相続放棄をしようとしても、認められなくなるおそれがあります。借金ごと引き継ぐことになりかねません。
実際に、弁護士ドットコムの「みんなの法律相談」にも「借金が見つかり相続放棄を考えているが、老朽化した母名義の家を早く取り壊したい。放棄する場合に自分で解体してよいのか」という相談が寄せられています。
この相談でも、放棄する建物を自分で解体・処分すると相続放棄と抵触しかねない、と注意されています。放棄するかどうか迷っているうちは、解体を進めないことが大切です。
解体して単純承認とみなされる行為など、放棄できなくなるケースは、次の記事でくわしく確認できます。
なお、いらない土地を国に引き取ってもらう相続土地国庫帰属制度は、建物が建ったままでは利用できず、更地にする必要があります。制度の要件は次の記事で解説しています。
滅失登記は、比較的シンプルなため、自分で申請する人も多い手続きです。流れと費用を見ておきましょう。
まず、建物の所在地を管轄する法務局を確認します。法務局のホームページで、住所から管轄を調べられます。
次に、対象の建物の登記事項証明書を取り、家屋番号や構造などの登記内容を確認します。申請書に正確に書き写すためです。
この段階で、名義や記載が古くないか、未登記でないかもあわせて確かめられます。
解体業者から取毀証明書と業者の証明書類を受け取り、相続を証する戸籍をそろえます。
そのうえで登記申請書を作成し、案内図を添えて、管轄の法務局へ提出します。申請は窓口のほか、郵送やオンラインでもできます。
内容に問題がなければ、1〜2週間ほどで登記が完了します。遠方の不動産でも、郵送を使えば自分で進められます。
完了すると、登記完了証が交付されます。心配なときは、あとで土地の登記事項証明書を取り、建物の登記が閉鎖されているかを確認しておくと確実です。
滅失登記そのものには、登録免許税はかかりません。
自分で申請する場合の費用は、登記事項証明書や戸籍の取得実費など、数千円程度にとどまります。
書類集めや申請の手間を省きたいときは、土地家屋調査士に依頼できます。報酬の相場はおおむね4万〜5万円ほどですが、事務所や事案によって異なります。
平日に法務局へ行く時間が取りにくい、戸籍が複雑で集めきれない、といった場合は、専門家に任せるのも一つの方法です。
必要です。建物の滅失登記をしても、土地の名義は変わりません。建物と土地は別々の不動産だからです。
相続した土地は、あらためて相続登記(名義変更)をします。相続登記は2024年4月1日から義務化され、取得を知った日から3年以内の申請が必要です。
解体で滅失登記を済ませたら、土地の相続登記も忘れずに進めましょう。義務化の内容は次の記事が参考になります。
解体業者は、取毀証明書などの必要書類は用意してくれますが、登記の申請そのものを代行することはできません。
登記の代理を業として行えるのは、土地家屋調査士です。自分で申請しない場合は、土地家屋調査士に依頼します。
解体を頼むときに、証明書類をきちんともらえるか確認しておくと、そのあとの滅失登記がスムーズです。
できます。滅失登記は郵送やオンラインでも申請でき、遠方の建物でも自分で手続きを進められます。
ただし、名義が古い場合の戸籍集めや、業者とのやり取りに時間がかかることもあります。1か月の期限に間に合うよう、早めに動き出しましょう。
建物滅失登記は、建物を取り壊したときに登記簿を閉じる手続きで、滅失の日から1か月以内の申請が義務です。
相続した建物なら、名義が被相続人や祖父のままでも、相続登記をしなくても、相続人が直接申請できます。
未登記の建物は、法務局ではなく市区町村へ家屋滅失届を出します。
解体する前には、固定資産税の増加や、相続放棄を考えているなら解体で放棄できなくなる点にも注意しましょう。
名義が古くて戸籍がつながらない、相続人が多い、相続放棄を迷っている、借金があるかもしれない——こうしたときは、解体や手続きを進める前に立ち止まることが大切です。
判断を誤ると、相続放棄ができなくなるなど、取り返しのつかない不利益につながることもあります。
そのようなときは、まずは一度、弁護士への初回相談で、自分のケースに合った進め方を確認してみましょう。

早稲田大学政治経済学部卒業後、2004年に弁護士登録。勤務弁護士や個人事務所経営を経て2026年に現事務所へ合流した。大阪弁護士会にて家事法制委員会副委員長や空家対策関連の公職を歴任する。相続分野においては、依頼者それぞれの宗教心や想いを尊重し、きめ細やかに対応。問題の本質を丁寧に探り、根本的解決を目指す。趣味は古社寺参詣と華道(池坊准教授2級)。大阪弁護士会所属。