


付言事項(ふげんじこう)とは、遺言書に書き添える、原則として法的な効力はないけれど、遺言者の気持ちや希望を伝えるための一文です。
遺言書というと、財産の分け方を決める硬い書面をイメージしがちです。そこに「なぜこう分けたのか」「これまでの感謝」を自身の言葉で残せるのが、付言事項です。
遺言書のうち、法的な効力が認められるのは、相続分の指定や遺贈など、法律で決められた事項(法定遺言事項)だけです。
これに対して付言事項は、法的な効力(拘束力)を持ちません。そのため、付言事項に「こうしてほしい」と書いても、相続人が従う義務はありません。財産を誰に渡すかは、あくまで本文(法定遺言事項)で決める必要があります。
たとえば「きょうだい仲良く暮らしてほしい」と書いても、実際にそうするかどうかは相続人しだいです。付言事項は命令ではなく、あくまで想いを伝える「お願い」だと考えておきましょう。
ただし、「付言事項」という見出しを付けても、書かれた内容が財産処分などの法定遺言事項に当たる場合は、単なるお願いではなく、遺言としての効力が問題になることがあります。
また、記載内容によっては、遺言本文の意味内容を解釈する際の資料となることもあります。「付言事項」という見出しだけで形式的に法的性質が決まるわけではないため、財産の帰属を定める内容は本文に明確に記載しましょう。
付言事項の一番の役割は、遺言に込めた想いを伝え、相続人の納得につなげることです。
相続は、金額の多さよりも「気持ちのすれ違い」でこじれることが少なくありません。付言事項によって相続人に配分の理由や思いを伝えることで、そのようなすれ違いによる感情的な対立を防ぐことが期待できます。
とくに、特定の人に多く遺すなど配分に偏りがあるとき、その理由が伝わらないと、残された家族が不公平感を抱きがちです。「なぜこの分け方にしたのか」を言葉にしておくと、争いそのものを避けられることがあります。
また、財産の分け方だけを書いた遺言書は、どうしても無機質になりがちです。付言事項があることで、遺言者の人柄や愛情が伝わり、受け取る側の気持ちも和らぎます。
付言事項に何を書くかは自由です。ここでは、よく書かれる内容を文例とともに紹介します。
もっとも多いのが、家族への感謝を伝える言葉です。
長い間、家族みんなで支え合ってこられたことに、心から感謝しています。これからも、お互いを思いやりながら、仲良く暮らしてください。
上の例のように、特定の出来事に細かく触れなくても、素直な気持ちを短く伝えるだけで十分です。飾った言葉より、ふだんの語り口のほうが、かえって想いが届きます。
名前を挙げて「◯◯へ」と個別に感謝を伝えると、より心に残ります。
長年連れ添った配偶者へは、次のように書く人もいます。
妻へ。長い間、いつもそばで支えてくれてありがとう。これからは、体を大切に、穏やかに過ごしてください。
配分に偏りがあるときは、その理由を書いておくと納得が得やすくなります。
自宅は、私と同居し介護をしてくれた長女に遺します。長男・次男には現金を遺します。長女の負担をわかってもらえると嬉しいです。
上の例では、「介護をしてくれた」という具体的な事情と、「わかってもらえると嬉しい」という気持ちをセットで書いているのがポイントです。事実だけでなく、そこにこめた思いまで添えると、受け取る側の納得につながります。
介護や家業への貢献が寄与分として認められるかどうかは、貢献の内容・程度や相続財産の維持・増加との関係など、具体的事情によって判断されるため、事後的に争いとなりがちです。
そのため、貢献してくれた相続人に多めに遺産を配分したい場合は、遺言本文でその内容を明確に定め、付言でその背景を伝えておくと、他の相続人の理解を得やすく、紛争を未然に防ぐ効果が期待できます。
ただし、「えこひいき」と受け取られないよう、配分の理由と感謝を丁寧に記載しましょう。
事業を継ぐ子に自社株を多く遺す場合なども、同じように理由を添えると理解が得やすくなります。同居・介護や家業の手伝いなど、外から見えにくい貢献こそ、言葉にして残す価値があります。
葬儀やお墓の希望も、付言事項によく書かれます。
葬儀は家族だけで、静かに執り行ってください。お墓は、先祖代々の◯◯家の墓に納めてもらえれば十分です。
ただし、これらはあくまで希望であり、必ず従ってもらえるものではありません。また、遺言書が確認される前に葬儀が行われることもあります。どうしても実現したい葬儀やお墓の希望がある場合は、生前に家族や葬儀を担う人と話し合い、エンディングノートなど遺族が早く確認できる方法でも共有しておくと安心です。
近年は、残されるペットの世話をお願いする付言事項も増えています。
飼い犬のハナのことを、どうか長男に世話してもらえるようお願いします。
このほか、パソコンやスマートフォンの中のデータ(デジタル遺品)の扱いなど、財産以外の願いを書き添える人もいます。
パソコンの中の写真は、家族で分けて残してください。SNSのアカウントは、閉じてもらえれば結構です。
ただし、ペットの世話や財産以外の依頼も、法的に義務づけることはできません。確実に頼みたいことがあれば、引き受けてくれる人と生前に話をしておきましょう。
ペットの世話をより確実に託したい場合は、世話を引き受ける人の同意を得たうえで、飼育費用の負担方法を決め、負担付遺贈や信託などの方法を検討する余地もあります。
もっとも、設計には専門的な判断が必要なため、遺言作成時に弁護士へ相談しましょう。

付言事項は、書き方を誤ると、かえって家族の争いを招くことがあります。
付言事項は、本文(法定遺言事項)と矛盾しないように書くことが大切です。
本文と付言が食い違っても、法的な効力を持つのは本文のほうです。ただし、本文の書き方があいまいなときは、付言事項が「遺言者の本当の意図」を読み解く手がかりにされることがあります。本文と付言が真っ向から食い違うと、かえって解釈をめぐる争いのもとになります。
たとえば、本文で「自宅は長男に相続させる」としながら、付言で「自宅は次男に住んでほしい」と書くようなケースです。どちらが本当の希望なのかがわからなくなり、家族が対立してしまいます。
配偶者や子などには、遺留分という最低限の取り分が保障されています。
付言事項に「遺留分は請求しないでほしい」と書くこともできますが、これはあくまでお願いで、法的な拘束力はありません。遺留分を侵害された相続人は、法定の期間内であれば、付言があっても遺留分侵害額請求をすることができます。
一方で、頭ごなしに「請求するな」と書くと、かえって相手の反発を招きます。「これまでの事情を考えて、できれば納得してほしい」と、理由とともにやわらかく伝えるほうが、争いになりにくいものです。
遺留分にどう触れるかは、相手の性格や関係性を見て慎重に決めましょう。ただし、付言の書き方だけで紛争を防げるとは限りません。遺留分の侵害が見込まれる場合は、資産構成や遺言内容を確認し、代償金の準備、生命保険の活用、生前贈与の影響なども含めて専門家へ相談することが重要です。
遺留分のしくみは、次の記事でくわしく解説しています。
特定の相続人への不満や恨みごとを書くのは避けましょう。
「長男は世話をしてくれなかった」などと書くと、書かれた相手が反発し、争いに火をつけてしまいます。
たとえば、次のような書き方は避けたいNG例です。
長男は嫁の言いなりで、私の面倒をまったく見てくれなかったので、財産は遺しません。
同じ配分でも、次のように前向きに言い換えると、印象が大きく変わります。
同居して介護をしてくれた長女に、多めに財産を遺すことにしました。みんなで支え合って、これからも仲良く過ごしてください。
また、「家を継がない者には一切渡さない」といった過度な条件や命令口調も、反発を招きます。付言はお願いであって命令ではない、と意識して書きましょう。
付言事項は、前向きな気持ちや感謝を伝える場と考え、否定的な内容は控えるのが賢明です。書く前に、その文章を相続人が読んだらどう感じるかを想像してみるとよいでしょう。
付言事項をどこに、どう書けばよいのかを確認しておきましょう。
付言事項を書く位置に、法律上の決まりはありません。
もっとも、実務では本文(財産の分け方など)を書いたあと、署名・押印の前に書くのが一般的です。
具体的には、次のような並びになります。
第一条 (財産の分け方など、本文)……付言事項(家族への感謝や希望など)令和◯年◯月◯日(住所・署名・押印)
「付言事項」と見出しを付けてから続けると、本文と区別しやすくなります。本文と混ざってしまうと、どこからが法的な内容でどこからが想いなのかがわかりにくくなるため、区切りをはっきりさせておきましょう。
縦書き・横書きのどちらでもかまいませんが、本文と同じ向きでそろえると読みやすくなります。
自筆証書遺言に付言事項を記載する場合も、遺言書本文との区別を明確にし、遺言書全体の方式に疑義が生じないよう、自書しておくのが安全です。
2019年の法改正で、財産目録はパソコンで作成したものや通帳の写しなどを添付できるようになりましたが、自筆証書遺言の本文は自書する必要があります。付言事項をパソコンで作成して遺言書に組み込むと、その記載が法定遺言事項と解釈された場合には方式違反が問題となり、遺言の全部または一部の効力をめぐる争いにつながるおそれがあるため、注意しましょう。
「気持ちの部分だからパソコンで作成してもよいだろう」と考えがちですが、自筆証書遺言に付言事項を記載する場合も、自書しておくのが安全です。長い付言を残したい場合や自筆が難しい場合は、公正証書遺言を選び、公証人に内容と遺言全体の構成を相談する方法もあります。
書き間違えたときの訂正にも、本文と同じく決まった方法があります。訂正が多くなりそうなら、書き直したほうが安全です。自筆が難しい場合や、確実に残したい場合は、公証人が関与する公正証書遺言だと安心です。
公正証書遺言では、付言事項の内容を公証人に伝えれば、証書の中に入れてもらえます。ただし、あまりに長い場合や内容が不適切な場合は、公証役場から調整を求められることもあります。
伝えたい要点を整理してから相談すると、スムーズに作成できます。遺言書全体の書き方は、次の記事も参考になります。
「エンディングノートに気持ちを書けば十分では?」と思う方もいるかもしれません。
付言事項は遺言書の一部として残るのに対し、エンディングノートには法的な位置づけがありません。どちらも法的な効力はありませんが、付言事項は正式な遺言書に添えられるぶん、想いが遺言と一体で伝わりやすいという違いがあります。遺言書の一部として、検認や保管の対象になる点も、手軽なエンディングノートとの違いです。
比べるポイント | 付言事項 | エンディングノート |
どこに書く? | 遺言書の中 | 市販・自作のノート |
法的な位置づけ | 遺言書の一部 | 特になし |
主な用途 | 配分の理由・感謝・希望 | 連絡先・医療の希望など幅広く |
エンディングノートには日々の希望や連絡先などを幅広く書き、遺言に関わる想いは付言事項に、と使い分けるとよいでしょう。
エンディングノートは書店などで手に入り、気軽に書き始められます。まずはノートで考えを整理し、固まった想いを付言事項として遺言書に残す、という流れもおすすめです。
なお、付言事項とエンディングノートの両方に同じ希望を書いても問題ありません。大切なのは、伝わりやすい形で残しておくことです。
どちらも法的効力はないため、確実に財産を渡したいことは、あくまで本文(法定遺言事項)に書く必要があります。
付言事項だけで財産を渡すことはできません。
付言事項には法的な効力がないため、「この財産を◯◯に」と書いても、通常、名義変更などの手続きはできません。
遺言書全体の文言や構成によっては、その記載が法的な財産処分の意思を表すものと解釈される余地もありますが、確実ではないため、財産を渡す意思がある場合は、本文に「相続させる」「遺贈する」など、法的効果が明確になる表現で記載しましょう。
「付言事項に書いたつもりが、本文には書いていなかった」という食い違いは、意外と起こりがちです。渡したい財産は、必ず本文に正式な形で書いておきましょう。
付言事項の長さに、決まりはありません。
数行の短いメッセージでも、ある程度まとまった文章でもかまいません。ただし、長くなりすぎると要点がぼやけるため、伝えたいことを絞って書くのがおすすめです。
とくに公正証書遺言では、長すぎると公証役場で調整を求められることもあります。「いちばん伝えたいこと」を中心に、簡潔にまとめると読み手にも届きやすくなります。
すでにある遺言書の余白に、あとから勝手に書き足すのは避けましょう。
自筆証書遺言では、加筆にも決まった方法があり、正しく行わないと無効になったり、改ざんを疑われたりします。付言を足したいときは、遺言書ごと作り直すのが安全です。遺言書は何度でも作り直せるので、想いが変わったら新しく書き直すつもりでいましょう。
付言事項は遺言書の一部なので、付言だけに別途の日付や署名は必要ありません。
遺言書全体としての日付・署名・押印の方式が満たされていれば足ります。ただし、自筆証書遺言に付言事項を記載する場合、本文との区別を明確にし、遺言書全体の方式に疑義が生じないよう、付言の部分も自書しておくのが安全です。
必ず書かなければならないものではありません。
とくに、配分に偏りがある場合や、感謝や希望を伝えたい場合には、書いておくと家族の納得につながります。前妻の子と後妻がいる家庭や、事業を継ぐ子に多く遺す家庭など、事情が複雑なときほど効果的です。
一方、相続人が少なく関係も良好で、シンプルな内容なら、無理に書く必要はありません。大切なのは、書くこと自体ではなく、家族の状況に合わせて「もめないための一言」を残すことです。
書くかどうか迷うときは、「自身の想いや配分の理由が、言わなくても家族に伝わるか」を基準に考えるとよいでしょう。
付言事項は、遺言書に添える、法的な効力のない一文で、配分の理由や感謝、希望などを伝えられます。法的な力はありませんが、想いが伝わることで、相続をめぐる争いを和らげる効果が期待できます。
一方、本文と矛盾する内容や、特定の人への否定・恨みごとは、かえってもめる原因になるため避けましょう。自筆証書遺言では付言も手書きが必要で、財産を渡すことは本文に書く点も押さえておきましょう。
付言事項は自由に書ける分、内容しだいで家族の受け止め方が大きく変わります。とくに、配分に偏りがある場合や、遺留分が問題になりそうな家庭では、付言事項の書き方ひとつで結果が変わることもあり得ます。「どう書けばもめないか」「遺留分にどこまで触れるべきか」で迷ったら、まずは弁護士への初回相談で、あなたの家族に合った付言事項や遺言全体の書き方を確認しておきましょう。

早稲田大学法学部を早期卒業後、同法科大学院修了。2012年弁護士登録後、2016年より現事務所所属。2級FP技能士。相続分野では13年以上の対応実績を持ち、遺産分割や遺留分侵害額請求、相続財産調査から空き家処分まで総合的に対応。徹底した調査と粘り強い交渉をモットーに、依頼者の希望を尊重した解決を導く。趣味は仕事、ピアノ、バイオリン、筋トレ。