


親が遺した実家の空き家。老朽化が進み、固定資産税の負担も重く、できれば手放したいと考える方は少なくありません。
しかし、「預貯金などのプラス財産だけを相続し、空き家などのマイナス財産だけを放棄する」という都合の良い選択は、法律上認められていません。相続はプラスとマイナスの財産をすべて引き継ぐ「単純承認」か、すべての財産を放棄する相続放棄かの選択です。そのため空き家だけを手放して現金を受け取ることはできません。
また、安易に預貯金を引き出したり遺品整理をしたりすると、法律上「単純承認」とみなされます。この場合、相続放棄ができなくなってしまいます。後戻りできない失敗につながるため、慎重な判断が必要です。
生活保護を受けていた母が遠方で亡くなり、相続放棄を予定していた方からの相談では、「遺品整理をどこまでやっていいか」という悩みが寄せられています。価値のあるものを無断で処分すると単純承認とみなされるおそれがあるため、遺品に手をつける前に専門家に相談することが安全です。
相続放棄とは、「初めから相続人ではなかったことになる」という法的手続きです。
これにより、借金や空き家といった負の財産から解放される一方で、現金や株式、思い入れのある遺品など、すべてのプラス財産も同時に手放すことになります。
たとえば、親が遺したが遺した持ち家について相続放棄をすれば、権利も義務も失います。
この選択は慎重に行う必要があります。一度相続放棄をすると、原則として撤回することはできません。「やっぱり預貯金だけは欲しい」と後から変更することはできません。
項目 | 内容 |
|---|---|
相続放棄のメリット | 借金や空き家などの負債から完全に解放される。固定資産税の支払義務もなくなる。 |
相続放棄のデメリット | 現金や預貯金、株式、思い出の品などすべてのプラス財産も受け取れなくなる。一度放棄すると撤回できない。 |

相続放棄の手続きが終われば、翌日から実家に一切関わらなくていいというわけではありません。
2023年4月の民法改正により、相続放棄をしても「現に占有している(実際に管理できる状態にある)」場合には、他の相続人や相続財産清算人に引き渡すまで「保存義務(管理義務)」が継続することが明確化されました。
この改正では、放棄者が負うのは積極的な「管理義務」ではなく、財産を滅失・損傷させない「保存義務」にとどまることが明確化されました。法律上は「自己の財産におけるのと同一の注意」で足り、自分の財産を扱うのと同じ程度の注意で現状を維持すればよいという意味です。
「現に占有している」とは、具体的には次のような状態を指します。
該当するケース(管理義務あり)
該当しないケース(管理義務なしの可能性)
ただし注意が必要です。「自分は占有していない」と自己判断して放置するのは危険です。判断を誤ると、後述するような損害賠償のリスクを負う可能性があります。
では、この管理義務は「いつ」終わるのでしょうか。
結論として、他の相続人(次順位の親族など)または家庭裁判所で選任された相続財産清算人に財産を正式に引き渡すまで、管理義務は終わりません。「相続放棄の手続きが終わった日」ではなく、「次の管理者にバトンタッチした日」が義務の終了日となります。
つまり、相続放棄をしても、次の管理者に正式にバトンタッチするまでは、空き家との関わりが完全に切れるわけではないという現実を理解しておく必要があります。場合によっては、数ヶ月から1年以上にわたって管理義務が続くこともあるのです。

相続放棄後の管理義務とは、法律上「自己の財産と同一の注意義務」による「保存行為」を指します。これは、自分の財産を扱うのと同じ程度の注意で管理すればよいという意味です。上述の通り、あくまで「現状を維持し、他人に危害を加えない」ための保存の範囲であり、具体的には、以下のような最低限の措置が求められます。
これらは「現状を維持し、他人に危害を加えないための最低限の措置」です。
また、賃貸契約の解約も、やりすぎに該当する場合があります。「善意でやったこと」であっても、法的には単純承認とみなされるリスクがあるため、慎重な判断が必要です。自己判断で行動する前に、専門家に相談することをお勧めします。
空き家を「現に占有している状態」で保存義務を怠り放置した場合、以下のようなトラブルが想定されます。
最悪の場合、借金から逃れるために相続放棄をしたにもかかわらず、空き家の倒壊による損害賠償という、もっと大きな借金を背負う矛盾に陥る可能性があるのです。
「相続放棄したから関係ない」と安心していたら、ある日突然、近隣住民から数百万円の損害賠償請求が届く。このような悲劇を避けるためにも、管理義務の正確な理解と適切な対応が必要です。

「管理義務が残るなら、相続放棄しても意味がないのでは?」と迷う方もいるでしょう。しかし、それでも相続放棄が有力な選択肢である理由があります。
さらに、出口の見えない管理義務とストレスから解放されるという精神的メリットも見逃せません。修繕費用の心配、近隣住民からの苦情、固定資産税の支払い通知。これらのストレスから永久に解放されるのです。
一方で、相続放棄には避けて通れない代償もあります。
空き家を相続放棄するメリットとデメリットは以下となります。
項目 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
金銭面 | 固定資産税の支払義務がなくなる(年間数万〜数十万円の節約)。借金をすべてチャラにできる。 | 預貯金や株式などプラスの財産も受け取れない。相続財産清算人の予納金(数十万〜100万円)が必要な場合がある。 |
精神面 | 出口の見えない管理義務とストレスから解放される。修繕費用や近隣苦情の心配がなくなる。 | 親族への説明や心理的負担が生じる。次の順位相続人に義務が移ることへの罪悪感。 |
法的責任 | 借金の取り立てから完全に逃れられる。 最終的には空き家に関する責任から解放される(右のデメリット参照)。 | 次の管理者に引き継ぐまで管理義務が残る可能性がある(数ヶ月〜1年以上)。 |
また空き家を相続放棄すべきか迷っている方は、下記の項目をチェックして、ご判断の参考にしてください。
相続放棄をすべき人のチェックリスト
相続放棄をすべきでない人のチェックリスト

他の親族が義務を引き継がない場合に管理義務から完全に解放される唯一の法的手段は、家庭裁判所に「相続財産清算人」を選任してもらうことです。
相続財産清算人とは、相続人がいない場合や全員が相続放棄した場合に、家庭裁判所が選任する専門家(主に弁護士)で、遺産の管理・清算を行う役割を担います。相続財産清算人が選任されれば、空き家の管理や売却、借金の整理などをすべて任せることができ、完全に手を引くことができます。
しかし、ここには大きな壁があります。それが「予納金」です。
予納金とは、相続財産清算人の報酬や業務費用を事前に納める金銭で、空き家の売却が見込めず、遺産からこれらの費用を賄えない場合、申立人が自腹で納める必要があります。金額は100万円前後を求められることが多く、負担が大きいのが現実です。
「相続放棄で負債から逃れたのに、最後に100万円払うなんて」と感じる方もいるでしょう。しかし、この費用を惜しんで放置した結果、空き家の倒壊で数千万円の損害賠償を負うリスクと比較すれば、予納金は「保険料」として考えるべきかもしれません。
2023年から始まった「相続土地国庫帰属制度」も、土地を手放す選択肢の一つです。この制度は、相続した土地を国に引き取ってもらう制度ですが、相続放棄とは大きく異なります。
最大の違いは、建物(空き家)があると申請できないことです。国庫帰属制度は「更地」であることが条件のため、空き家がある場合は解体費用が必要になります。木造住宅の解体費用は、一般的に100万円から300万円程度かかります。
さらに、審査手数料と負担金もかかります。審査手数料は1筆あたり14,000円、負担金は宅地の場合は原則20万円程度が目安です。ただし、市街化区域内などの宅地は面積に応じ算定され、200㎡で約80万円程度になる場合があります。つまり、「解体費用100〜300万円+審査手数料14,000円+負担金20万円〜」で、合計120万円〜320万円程度に加え、宅地面積に応じた費用がかかる計算になります。
また、審査基準も厳格で、申請段階で却下される却下要件と、申請後に現地調査等で不承認になる不承認要件があります。
<却下要件>
<不承認要件>
項目 | 相続放棄+相続財産清算人 | 相続土地国庫帰属制度 |
|---|---|---|
費用 | 予納金100万円前後(空き家の売却が見込めない場合) | 解体費用100〜300万円+審査手数料14,000円+負担金20万円〜(合計120〜320万円)※宅地の面積に応じて算定される可能性あり |
建物の有無 | 建物があってもOK(清算人が処理) | 更地にする必要あり(解体必須) |
期間 | 申立から選任まで数ヶ月、清算完了まで1年以上 | 申請から審査完了まで半年〜1年程度 |
条件 | 相続人全員が放棄する必要あり(他に相続人がいない場合含む) | 建物がない、境界明確、土壌汚染なし等の厳格な基準。審査で却下されるリスクあり。 |
向いている人 | 借金が多い、空き家以外の財産もすべて手放したい、建物の解体費用を払いたくない | プラス財産は受け取りたい、土地のみを手放したい、解体費用を払える余裕がある |
国庫帰属制度は「建物があるとNG」という点で、空き家を抱えた方には高いハードルとなります。一方、相続放棄+清算人は、建物の処理も含めて任せられる点で確実性がありますが、予納金の負担が重い点がネックです。
どちらが自分に適しているかは、財産状況や土地の条件によって異なります。まずは専門家に相談し、トータルコストと成功確率を比較検討することをお勧めします。

相続放棄の手続き自体は、必要書類を揃えて家庭裁判所に申し立てるだけなので、自分でもできると考える方もいるでしょう。しかし、空き家が絡む相続放棄は、単なる書類手続きでは済まない複雑な問題が山積しています。
弁護士に依頼するメリットは以下の通りです。
「弁護士に頼むと費用がかかるから」と躊躇する方もいるでしょう。しかし、費用を恐れて放置することが、将来的に高額な損害賠償や固定資産税の負担につながる可能性があります。
空き家の倒壊による損害賠償は数千万円に及ぶこともあり、固定資産税も年間数万円から数十万円が積み重なれば、10年で数百万円の損失となります。これらのリスクを回避するための弁護士費用は、長期的に見れば安上がりです。
また、多くの法律事務所では初回相談を無料で行っています。まずは「無料相談」を活用し、自分の状況で持ち出し費用がいくらになるのか、どの選択肢が最適なのかを確認することが、負動産地獄から抜け出す第一歩です。
項目 | 自分でやった場合 | 弁護士に頼んだ場合 |
|---|---|---|
精神的な負担 | 親族への連絡や説明を自分で行う必要があり、精神的ストレスが大きい。反発や非難を直接受ける。 | 弁護士が代行するため、矢面に立たずに済む。冷静で法的に正確な説明をしてもらえる。 |
工数 | 戸籍収集、財産目録作成、申立書作成など、すべて自分で行う必要がある。平日に何度も役所や裁判所に行く手間がかかる。 | 複雑な手続きをすべて任せられる。仕事を休む必要が最小限で済む。 |
リスク | 書類の不備で申立が却下されたり、予納金の見積もりを誤ったりする可能性がある。単純承認のリスクも自己判断。 | 専門知識により、正確かつ効率的に手続きを進められる。単純承認のリスクも回避できる。 |
費用 | 書類取得費用や郵送費用のみ(数万円程度)。ただし、失敗した場合のやり直しコストや、放置による損害賠償リスクは考慮外。 | 弁護士費用(相談無料〜数十万円)。ただし、トータルでの損失リスクを最小化できる。 |

Q: 相続放棄をした後、家の固定資産税はどうなりますか?
A: 放棄が受理されれば、原則として固定資産税を支払う必要はありません。ただし、管理義務自体は残るため、倒壊などを防ぐための最低限の維持管理は検討が必要です。
Q: 遠方の土地で一度も行ったことがありません。それでも管理義務はありますか?
A: 2023年の法改正により「現に占有している」場合に義務が残るとされました。全くの未占有であれば免れる可能性もありますが、自己判断で放置して他人に損害を与えれば賠償責任を問われるリスクがあるため、弁護士への確認を強く推奨します。
Q: 相続放棄の「3ヶ月の期限」を過ぎてしまいました。もう手放せませんか?
A: 期限を過ぎても、借金や空き家の存在を後から知ったなどの「特別な事情」があれば例外的に受理されるケースがあります。諦めずに至急弁護士へご相談ください。
Q: 空き家の中に親の遺品が残っています。処分しても大丈夫ですか?
A: 厳禁です。遺品整理や家財の処分をすると「単純承認」とみなされ、相続放棄ができなくなるリスクがあります。処分前に必ず専門家の判断を仰いでください。
Q: 相続放棄と国庫帰属制度、結局どっちがおすすめですか?
A: 現金などのプラス財産があるなら「国庫帰属制度」、借金が多い、あるいは財産が空き家(建物)しかないなら「相続放棄
