「相続放棄」とは、遺産を一切相続しない旨の意思表示です。
相続放棄をした者は、初めから相続人にならなかったものとみなされます(民法939条)。その結果、遺産を相続する権利を失う一方で、被相続人の債務(借金など)も相続せずにすみます。また、遺産分割協議への参加も不要となります。
亡くなった被相続人が多額の借金を負っている場合や、遺産相続に関わりたくない場合は、相続放棄を検討しましょう。
相続放棄のメリットやデメリットについては、以下の記事でくわしく解説しているので、あわせてお読みください。
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相続放棄をする際には、その前後で「法定単純承認」(民法921条)に当たる行為をしないように注意が必要です。法定単純承認が成立すると、相続放棄が認められなくなり、またはすでに行った相続放棄が無効になってしまいます。
以下の行為は法定単純承認事由に当たるので、相続放棄をする場合は避けましょう。
<相続放棄前>
1. 相続財産の処分
<相続放棄後>
2. 相続財産の隠匿
3. 相続財産の私的な消費
4. 相続財産を悪意で相続財産目録中に記載しないこと
※2〜4について、相続放棄によって相続権を取得した後順位相続人が、すでに相続を承認している場合には、先順位相続人の相続放棄は無効になりません(民法921条3号但し書き)。
相続財産の全部または一部を処分すると、法定単純承認が成立し、相続放棄が認められなくなってしまいます(民法921条1号)。
(例)
賃貸物件や携帯電話などについては、解約しないと賃料や利用料金が発生し続けますが、相続放棄をすれば支払う必要はありません。
相続放棄をしない相続人に支払いを任せるか、または相続人全員が相続放棄をする場合は、請求を受けても支払わずにおきましょう。
なお、相続財産から葬儀費用(墓石や仏壇等の購入費用を含む)を支出する行為は、相続財産の処分として法定単純承認事由に当たるかどうかにつき議論があります。
相当な金額であれば法定単純承認は成立しないとする見解もありますが(大阪高裁平成14年7月3日決定等)、取り扱いが確立していません。相続放棄をする場合、葬儀費用を相続財産から支出することは避けた方がよいでしょう。
相続放棄後に、相続財産の全部または一部を隠匿すると法定単純承認が成立し、相続放棄が無効になってしまいます(民法921条3号)。隠匿とは、相続財産の全部または一部について、その所在を不明にする行為です。
(例)
相続放棄後に、相続財産の全部または一部を私的に消費すると法定単純承認が成立し、相続放棄が無効になってしまいます(民法921条3号)。私的な消費とは、相続財産の処分行為を意味します。
(例)
相続放棄後に、相続財産の全部または一部を悪意で相続財産目録中に記載しないと法定単純承認が成立し、相続放棄が無効になってしまいます(民法921条3号)。
(例)
※限定承認を行うケースにおいては、家庭裁判所に提出する遺産目録中に、一部の遺産を意図的に記載しなかった場合も法定単純承認が成立します。
相続放棄する場合でも、遺産に関係する行為の一切が禁止されるわけではありません。以下の行為については、相続放棄をした者でも行うことができます。
遺産をリストアップする、専門家(不動産鑑定士など)に評価を依頼するなど、遺産に関する調査は行うことができます。
相続放棄をすべきかどうかを判断するためには、遺産の調査をきちんと行うことが重要です。
相続放棄をした時点で現に占有している遺産については、他の相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間、自己の財産と同一の注意をもって保存しなければなりません(民法940条)。
相続財産の全部または一部の処分に当たる行為でも、保存行為については行うことができます(民法921条1号但し書き)。
「保存行為」とは相続財産の価値を保存して、現状を維持する行為です。たとえば、以下の行為は保存行為に当たります。
相続財産の種類に応じて、以下の期間を超えない短期賃貸借については、処分行為であっても法定単純承認の対象外とされています(民法921条1号但し書き、602条)。
賃貸借の種類 | 存続期間 |
---|---|
1.樹木の栽植又は伐採を目的とする山林の賃貸借 | 10年 |
2.1以外の土地の賃貸借 | 5年 |
3.建物の賃貸借 | 3年 |
4.動産の賃貸借 | 6か月 |
相続放棄をする際には、法定単純承認が成立しないように慎重な行動を心がけるべきです。
特に以下の行為については、法定単純承認に当たるかどうかの判断が難しい場合が多いので、事前に弁護士へ相談することをおすすめします。
形見分けについては、金銭的価値のないものは問題ないと思われますが、高価なものは法定単純承認が成立する可能性があります。
形見分けの価値は評価が難しいこともあるので、相続放棄をする方が形見分けを受ける場合は、事前に弁護士へご相談ください。
相続した債務の支払いについては、弁済をしなければいけない期限が到来していれば保存行為に当たり、法定単純承認は成立しないと思われます。一方、弁済期日が到来していない債務を支払ってしまうと、法定単純承認が成立するおそれがあるので要注意です。
弁済期が到来しているかどうかを判断するには、債務の原因となった契約などを確認する必要があるので、弁護士へのご相談をおすすめします。
相続した債権の支払いを債務者に請求し、債務者から弁済として金銭を受け取ったとしても、必ずしも法定単純承認が成立するとは限りません。債権回収によって得た金銭を相続財産として保存すれば、債権を金銭に転換したに過ぎず、相続財産は毀損されないからです。
仮に債権回収が処分行為に当たるとしても、保存行為に当たるため、法定単純承認は成立しないと思われます。
しかし、請求の目的や債権回収後の金銭の取り扱いによっては、法定単純承認が成立してしまうおそれがあります。法定単純承認を回避できるように慎重な対応が求められますので、弁護士にご相談ください。
相続放棄をする場合は、法定単純承認が成立しないように、手続きの前後で慎重に行動する必要があります。少しでも不安な点がある場合は、お早めに弁護士へご相談ください。