

「遺留分」とは、相続などによって取得できる財産の最低保障額です。兄弟姉妹以外の相続人とその代襲相続人には、遺留分が認められています(民法1042条1項)。
遺留分制度の目的は、相続人の相続に対する期待を一定の限度で保護することです。
被相続人は生前贈与や遺言書によって、財産を自由に処分できるのが原則ですが、あまりにも偏った配分が行われると、冷遇された相続人の人生設計が狂ってしまうおそれがあります。
そこで民法では、兄弟姉妹以外の相続人とその代襲相続人に一定の限度で遺留分を認めて、相続に対する期待の保護を図っています。
相続などによって実際に取得した財産が遺留分額を下回った場合には、財産を多く取得した者に対して「遺留分侵害額請求」を行えば、不足額を金銭で補てんさせることができます(民法1046条1項)。
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遺留分は、権利者である相続人の判断で放棄することも認められています。遺留分を放棄した人は、相続などによって取得した財産の金額にかかわらず、遺留分侵害額請求を行うことができません。
遺留分の放棄と同じく、相続に関する権利を放棄する手続きとして「相続放棄」があります。
しかし遺留分の放棄と相続放棄は、互いに以下の各点が異なっています。
遺留分の放棄によって失うのは遺留分のみで、相続権自体は失いません。これに対して相続放棄をすると、遺留分を含む一切の相続権を失います。
遺留分を放棄しても、他の相続人の相続分や遺留分は変動しません。これに対して相続放棄をすると、他の相続人の相続分が増えたり、後順位者に相続権が移ったりする影響が生じます。
遺留分は、家庭裁判所の許可を得れば相続開始前でも放棄できます。これに対して、相続放棄を相続開始前に行うことはできません。
遺留分の放棄は、他の相続人に対する意思表示によって行います。ただし、相続開始前に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所の許可が必要です。 これに対して相続放棄は、家庭裁判所に対して申述書等を提出して行います。
遺留分を放棄する際の手続きは、相続開始(=被相続人の死亡)の前後によって異なります。
被相続人の生前に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所の許可を受けなければなりません。
被相続人の住所地の家庭裁判所
収入印紙800円分+連絡用の郵便切手
申立書、被相続人の戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)、申立人の戸籍全部事項証明書(戸籍謄本)
家庭裁判所は遺留分を放棄することの合理性や必要性などの観点から、遺留分放棄を許可するかどうか審査します。許可された場合は、他の相続人に対して遺留分放棄の意思表示を行えば、被相続人の生前における遺留分放棄が完了します。
被相続人の死後に遺留分を放棄する場合は、家庭裁判所の許可は必要ありません。単に他の相続人に対して遺留分放棄の意思表示をすれば足ります。
遺留分放棄の意思表示は口頭でも可能ですが、放棄の事実を明確化するため、他の相続人に対して書面を交付するのが望ましいでしょう。
遺留分の放棄は、主に以下の目的によって行われることが多いです。
遺言書や生前贈与などの結果として、相続人の間で財産の配分が偏ると、相続発生後に遺留分侵害額請求が行われてトラブルが生じるおそれがあります。
相続人同士の間で遺留分侵害に関するトラブルが生じることは、家族円満を維持する観点からは望ましくありません。相続人があらかじめ遺留分を放棄することは、遺留分侵害に関するトラブルを未然に防ぐためには有力な選択肢といえます。
遺留分を行使すれば、被相続人が決めた財産の分け方の一部を覆すことになります。
もちろん、遺留分は法律上の権利なので、行使をためらう必要はありません。ただし、被相続人の意思を最大限尊重したい場合は、遺留分を放棄することでその気持ちを表明することも考えられるでしょう。
自ら遺留分を放棄し、または他の相続人に遺留分を放棄させようとするときは、特に以下の2点にご注意ください。
被相続人の生前に遺留分を放棄するには家庭裁判所の許可が必要ですが、家庭裁判所の審査は非常に厳しく行われています。
家庭裁判所が審査するポイントは主に以下の3点で、いずれの観点からも厳格な審査が行われます。安易な生前の遺留分放棄は認められないと考えておきましょう。
遺留分の放棄は、権利者の自由意思に基づいて行われる必要があります。被相続人や他の相続人に強制されたと評価すべき場合には、遺留分の放棄は認められません。
相続人間の公平を図る観点から、遺留分を放棄することが合理的であり、かつ、その必要があると認められなければなりません。
たとえば、すでに多額の生前贈与を受けている人が遺留分を放棄する場合は、相続人間の公平確保を促進する面があるため認められる可能性が高いです。
これに対して、一部の相続人を相続から排除することを目的とした遺留分の放棄には、合理性・必要性が認められないと考えられます。
2とも関連しますが、特に遺留分を放棄する者に対して、十分な代償が与えられているかどうかが重点的に審査されます。
金銭や不動産など、確実な経済的価値がある財産の贈与を受けている場合は、遺留分の放棄が認められる可能性が高くなります。
遺留分を放棄すると、錯誤・詐欺・強迫に当たる場合などを除いて、その意思表示は撤回(取消し)できません。
後から多額の遺産や生前贈与などが判明しても、遺留分を放棄している人による遺留分侵害額請求は原則不可です。後悔しないように、遺留分を放棄するかどうかは慎重に検討した上で判断しましょう。
相続発生後のトラブルを防止し、被相続人の意思を最大限尊重するためには、遺留分を放棄することが選択肢の一つです。
ただし、被相続人の生前における遺留分放棄には家庭裁判所の許可が必要であり、その審査は非常に厳格に行われます。また、一度遺留分を放棄すると原則として撤回できないので、放棄するかどうかは慎重に検討しましょう。
弁護士に相談すれば、遺留分放棄の手続きや注意点などについてアドバイスを受けられます。遺留分の放棄を考えている方や、他の相続人から遺留分の放棄を求められている方は、お早めに弁護士へご相談ください。
