

遺留分とは、一定の相続人に法律上保障されている最低限の相続分のことです。被相続人は、遺言書や生前贈与によって財産の渡し方を自由に決められるのが原則です。
しかし、相続人の生活や相続への期待を保護するため、法律は兄弟姉妹以外の相続人とその代襲相続人には最低限の取り分を認めています。
取得できた基礎財産の額が遺留分額を下回っている場合は、基礎財産を多く取得した人に対して「遺留分侵害額請求」を行うことができます(民法1046条1項)。
遺留分侵害額請求を行うと、取得額と遺留分額の差額(不足額)に相当する金銭の支払いを受けられます。
(例)
遺留分額が1000万円である相続人が、500万円分の遺産しか取得できなかった場合
→遺産を多く取得した人に対して遺留分侵害額請求を行い、500万円の支払いを請求できる
遺留分侵害額請求は、2019年7月1日に施行された改正民法によって導入された新しい制度です。
改正民法が施行される前から遺留分は認められていましたが、不足額の補填を受けるための請求は「遺留分減殺請求」とされていました。
遺留分侵害額請求は金銭の支払いの請求であるのに対して、遺留分減殺請求は財産自体を取り戻す請求です。
たとえば不動産の遺贈(遺言で財産の割合を指定し、特定の誰かに財産を引き継がせること)によって遺留分の侵害が生じた場合、遺留分侵害額請求であれば金銭によって精算しますが、遺留分減殺請求であれば、請求する側と請求を受ける側が不動産を共有することになります。
遺留分減殺請求は、権利行使によって生じる共有関係に起因して、トラブルが発生しがちである点などが問題視されていました。
そこで、遺留分減殺請求は遺留分侵害額請求に変更され、金銭によるシンプルな精算ができるようになりました。
関連記事:遺留分減殺請求とは? 改正による変更点・手続き・期限・かかる費用などを解説

遺留分侵害額請求ができるのは、原則として兄弟姉妹以外の法定相続人です。
一方で、兄弟姉妹や甥姪には遺留分がありません。たとえば、亡くなった人に子や親がおらず、兄弟姉妹だけが相続人になるケースでは、遺言書で第三者に全財産を遺贈されても、兄弟姉妹は原則として遺留分侵害額請求をすることはできません。
関連記事:兄弟姉妹には遺留分がない、理由や遺言書をくつがえす方法などを解説
請求先になるのは、遺言や生前贈与によって財産を多く受け取った人です。具体的には、受遺者、受贈者、特定財産承継遺言によって財産を取得した相続人などが相手方になります。
相手方が複数いる場合は、誰にいくら請求できるかを慎重に整理する必要があります。遺贈と贈与が混在している場合や、複数の人が財産を受け取っている場合は、負担の順序や割合が問題になるため、一人だけに全額を請求できるとは限りません。

遺留分侵害額請求は、いきなり裁判を起こすのではなく、調査、計算、通知、話し合い、調停、訴訟という順番で進めるのが一般的です。
まず、遺言書の有無と内容を確認します。自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言のどれかによって確認方法や必要な手続きが異なります。
あわせて、戸籍を取り寄せて法定相続人を確定します。誰が相続人なのかが分からないと、遺留分割合も請求先も判断できません。
関連記事:遺言書の検認手続きや期限、検認が終わったらすることをわかりやすく解説
次に、預貯金、不動産、有価証券、自動車、借金など、相続財産と債務を調査します。遺言書に書かれていない財産や、亡くなる前に行われた大きな出金・贈与も確認しましょう。
特に、同居していた相続人が通帳を管理していた場合や、一部の相続人だけが多額の援助を受けていた場合は、入出金履歴や贈与契約書、固定資産評価証明書などを集める必要があります。
関連記事:相続財産とは?範囲や調べ方、相続税がかかる財産などを解説

基礎財産の内容と取得者が把握できたら、以下の式によって遺留分侵害額を計算しましょう。
遺留分侵害額=遺留分額-実際に取得した基礎財産額
遺留分額=基礎財産額×遺留分割合
基礎財産額は、以下の財産の総額から相続債務の全額を控除した額です。
遺留分割合は、直系尊属のみが相続人である場合は法定相続分の3分の1、それ以外の場合は法定相続分の2分の1です。
相続人 | 法定相続分 | 遺留分 | 相続人ごとの遺留分 |
配偶者のみ | 1(全部) | 1/2 | 配偶者1/2 |
配偶者と子 | 配偶者1/2、子1/2 | 1/2 | 配偶者1/4、子1/4 |
配偶者と直系尊属 | 配偶者2/3、直系尊属1/3 | 1/2 | 配偶者1/3、直系尊属1/6 |
配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者3/4、兄弟姉妹1/4 | 1/2 | 配偶者1/2、兄弟姉妹なし |
子のみ | 1(全部) | 1/2 | 子1/2 |
直系尊属のみ | 1(全部) | 1/3 | 直系尊属1/3 |
兄弟姉妹のみ | 1(全部) | なし | なし |
(例)
基礎財産の総額が4000万円、相続人は被相続人の配偶者Aと子B・Cの計3名の場合
→Aの遺留分額は1000万円(=4000万円×4分の1)
→Aが500万円の遺産しか相続できなかった場合、Aの遺留分侵害額は500万円
遺留分侵害額を計算したら、その金額を誰に対して請求するかを特定しましょう。
遺留分侵害額の負担順位は以下の要領に従って決まりますので(民法1047条1項)、最上位の負担者から順に請求することになります。
遺留分侵害額請求の金額と相手方が決まったら、内容証明郵便によって請求書を送付して支払いを求めましょう。
内容証明郵便を送付すると、遺留分侵害額請求権の消滅時効の完成が6か月間猶予されます(民法150条1項)。
内容証明郵便に対して相手方から返答があったら、遺留分侵害額の精算方法について協議を行います。合意が成立したら、その内容をまとめた書面を締結した上で、遺留分侵害額の精算を行いましょう。
内容証明郵便を送った後は、相手方と話し合います。支払額だけでなく、一括払いにするのか、分割払いにするのか、支払期限をいつにするのかも決める必要があります。
相手が「払えない」と主張する場合でも、金額の根拠、支払能力、分割払いの可否、担保の有無などを確認して、現実的な解決案を検討します。
話し合いで合意できた場合は、口約束で終わらせず、合意書を作成します。合意書には、支払額、支払期限、支払方法、遅れた場合の扱い、清算条項などを記載します。
分割払いにする場合は、支払いが滞ったときの対応を明確にしておくことが重要です。必要に応じて、公正証書の作成も検討しましょう。
遺留分侵害額請求に関する協議がまとまらない場合は、家庭裁判所に調停を申し立てましょう。民間の有識者から選任される調停委員が間に入り、調整を行って合意による解決を目指します。
なお、遺留分侵害額請求は「調停前置」とされているため(家事事件手続法257条1項)、調停を経ずに訴訟を提起することは原則としてできません。
遺留分侵害額の請求調停が不成立となった場合は、地方裁判所(請求額140万円以下の場合は、簡易裁判所も可)に対して訴訟を提起しましょう。
遺留分侵害の状況などを立証すれば、裁判所が相手方に対して遺留分侵害額の支払いを命ずる判決を言い渡します。
訴訟の判決が確定すれば、相手方はその内容に従って遺留分侵害額を支払わなければなりません。もし支払わない場合は、裁判所に強制執行を申し立てることができます。
内容証明郵便を送る段階では、遺言書、戸籍、財産資料、贈与に関する資料などを確認したうえで請求書を作成します。正確な請求額を出すには、預貯金の取引履歴、不動産登記事項証明書、固定資産評価証明書、残高証明書などが必要になることがあります。
調停を申し立てる場合は、申立書とその写しのほか、標準的な添付書類として、被相続人の出生から死亡までの戸籍、相続人全員の戸籍、遺言書の写し、遺産に関する資料などが必要です。
場面 | 主な書類 | 注意点 |
|---|---|---|
請求前の確認 | 遺言書・戸籍 | 相続人と遺言内容を確認 |
財産調査 | 通帳・登記・評価証明 | 不動産や贈与も確認 |
内容証明 | 請求書 | 意思表示を明確にする |
調停 | 申立書・戸籍・財産資料 | 裁判所ごとの案内も確認 |
遺留分侵害額請求に当たっては、主に以下の費用がかかります。
遺留分侵害額請求権は、以下のうちいずれかの期間が経過すると時効により消滅します(民法1048条)。
上記の期間が経過する前に、内容証明郵便の送付や調停の申立てなどを行う必要がありますので、お早めに弁護士へご相談ください。
遺留分侵害額請求では、期限内に「遺留分に関する権利を行使する」という意思表示を相手方に伝える必要があります。裁判所の案内でも、調停を申し立てただけでは相手方への意思表示にはならないとされています。
そのため、実務上は内容証明郵便で請求書を送ることが多いです。内容証明郵便を送付すると、遺留分侵害額請求権の消滅時効の完成が6か月間猶予されます(民法150条1項)。
内容証明には、少なくとも次の内容を入れておくとよいでしょう。
請求額がまだ正確に分からない場合でも、期限が迫っているときは、まず意思表示を明確に残すことが大切です。
遺留分侵害額請求をしていても、相続税の申告期限までに金額が確定していないことがあります。この場合、いったん現時点の取得状況を前提に申告し、その後、遺留分侵害額が確定した段階で税務上の手続きを検討することがあります。
相続税の申告期限は原則として、被相続人が死亡したことを知った日の翌日から10か月以内です。遺留分の話し合いや調停が長引いているからといって、相続税申告の期限が当然に延びるわけではありません。
国税庁の質疑事例では、遺留分侵害額の請求に基づいて支払うべき金銭の額が確定した場合、金銭を受け取った側は期限後申告または修正申告をすることができ、支払った側は更正の請求をすることができる旨が示されています。
もっとも、税務上の扱いは、相続財産の内容、申告済みかどうか、支払う側・受け取る側の立場、金銭ではなく不動産などで代物弁済するかによって変わることがあります。税額に影響しそうな場合は、弁護士だけでなく税理士にも相談すると安心です。
関連記事:相続の相談は誰にすればいい?弁護士や税理士、司法書士ができる業務を解説
遺留分侵害額請求をしても、相手が「遺言どおりだから払わない」「もう財産を使ってしまった」「生前贈与は関係ない」などと主張して、支払いを拒むことがあります。
このような場合でも、請求する側は、遺留分が侵害されていることや請求額の根拠を資料で示す必要があります。相手が無視する場合は、内容証明郵便で意思表示を残したうえで、調停の申立てを検討します。
一方で、感情的な連絡を続けると、かえって解決が遠のくことがあります。期限を守りつつ、証拠と計算根拠を整理して進めることが重要です。
遺留分侵害額請求は、自分で内容証明を送ったり、話し合いをしたりすることも可能です。ただし、次のような場合は弁護士に相談した方がよいでしょう。
また、他の相続人から遺留分侵害額請求を受けた場合も、請求する場合と同様に、協議・調停・訴訟によって解決を図ることになります。
相手方の主張が誤っている場合には反論する一方で、正しい部分があれば受け入れて精算に応じるなど、適切な検討を経て対応する必要があります。
弁護士に相談しながら、対応の方針を慎重に検討しましょう。
関連記事:遺留分侵害額請求されたらどうする? 確認すべきポイント・対処法・注意点などを解説
遺言書や生前贈与の内容が偏っており、ご自身が取得できた財産が少なすぎた場合は、他の相続人などに対して遺留分侵害額請求を行いましょう。
遺留分侵害額請求を行う際には、基礎財産を漏れなく調査することが非常に重要です。また、遺留分侵害額の計算方法には複雑な部分があるので、弁護士に依頼することをおすすめします。
遺留分侵害額請求には期限(時効)があるので、早めに検討を始めることが大切です。遺言書や生前贈与の内容に納得できない方は、すぐに弁護士へご相談ください。
