

相続放棄をしたにもかかわらず、空き家や土地の管理責任が残ることに困惑している方は少なくありません。特に、親族全員が相続を放棄した場合、誰が財産を管理し、処分するのかが問題となります。
このような場合に必要となるのが、相続財産清算人の選任です。しかし、選任には「予納金」と呼ばれる費用が発生します。予納金とは、相続財産清算人の報酬や手続き費用を確保するために、申立人が事前に裁判所に納める金銭のことです。その金額や手続きの流れについて不安を感じる方も多いでしょう。
本記事では、相続財産清算人の選任にかかる費用や手続きの流れ、そして相続放棄後の注意点について詳しく解説します。

相続財産清算人とは、相続人が不在または全員が相続放棄した場合に、家庭裁判所によって選任される財産管理の専門家です。
なお、2023年の民法改正により、清算までは行わず財産の保存のみを目的とする「相続財産の管理人」(民法897条の2)も新設されましたが、本記事では清算まで行う相続財産清算人について解説します。
主に弁護士や司法書士が選ばれ、以下の役割を担います。
役割 | 内容 |
|---|---|
財産の調査・管理 | 被相続人の財産や債務を調査し、目録を作成する |
債権者への通知 | 官報公告により債権者や受遺者に申し出を促す |
債務の弁済 | 相続財産から債権者への支払いを行う |
財産の処分 | 不動産の売却など、必要に応じて財産を換価する |
特別縁故者への分与 | 該当者がいる場合、財産の一部を分与する |
残余財産の国庫帰属 | 最終的に残った財産を国に帰属させる |
※官報公告とは、国が発行する機関紙(官報)への掲載により、広く一般に通知することです。
※換価とは、不動産などの財産を売却して現金化することを指します。
※特別縁故者とは、被相続人と生計を同じくしていた人や療養看護に努めた人など、特別な関係にあった人のことです。
相続財産清算人が選任されることで、相続放棄した人は財産の管理責任から解放されます。

相続財産清算人の選任が必要となるのは、主に以下のようなケースです。
親族全員が相続を放棄すると、法律上は相続する人がいなくなります。
しかし、空き家や土地などの財産は自動的に国のものになるわけではありません。適切に処分するためには、相続財産清算人の選任が必要です。
被相続人に身寄りがなく、相続人がいるかどうか不明な場合も、相続財産清算人の選任が必要です。
このような状況では、利害関係人(債権者や不動産の隣接地主など)が家庭裁判所に選任の申立てを行うことができます。
被相続人に借金があり、それを返済できるだけの財産がない場合、相続人は相続放棄を選択することが一般的です。
しかし、相続放棄しただけでは不動産などの管理責任が残るため、相続財産清算人を選任して適法に処理する必要があります。

相続財産清算人の選任は、以下の流れで進みます。
1. 申立人の確認
以下の人が申立てを行うことができます。
2. 必要書類の準備
申立てには以下の書類が必要です。
書類名 | 内容 |
|---|---|
申立書 | 家庭裁判所の書式を使用 |
被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本 | 相続人の有無を確認するため |
被相続人の住民票除票または戸籍附票 | 最後の住所地を確認するため |
相続放棄申述受理証明書 | 相続人全員が放棄した場合 |
財産目録 | 不動産、預貯金、借金などのリスト |
利害関係を証明する資料 | 債権者の場合は契約書など |
これらの書類の収集には時間がかかることがあります。
特に、戸籍の取り寄せには数週間を要する場合もあります。また、相続人が誰もいないことを証明するためには、被相続人の出生から死亡までの戸籍だけでなく、親族の戸籍も広範囲に収集する必要があります。
3. 家庭裁判所への申立て
申立先は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。
申立てには以下の費用がかかります。
4. 審理・面接
裁判所から申立人に対して、申立ての理由や財産状況について質問されることがあります。
場合によっては、裁判所に出向いて面接を受ける必要があります。
5. 選任決定
裁判所が相続財産清算人を選任すると、官報に公告されます。
この公告により、債権者や利害関係人に対して、相続財産清算人が選任されたことが通知されます。
6. 財産の清算
相続財産清算人が選任されると、以下の手続きが進められます。
この一連の手続きには、通常半年から1年以上の期間がかかります(2023年の民法改正で公告手続きが合理化され、最短6か月に短縮されました)。

相続財産清算人の選任には、「予納金」と呼ばれる費用を裁判所に納める必要があります。
この予納金は、疎遠だった親族のために、なぜ自分が高額な費用を負担しなければならないのかという不条理感を抱く方も少なくありません。しかし、適法に管理責任から解放されるためには、この手続きが必要となるのが現実です。
予納金とは、相続財産清算人の報酬や手続き費用を確保するために、申立人が事前に裁判所に納める金銭のことです。
相続財産の中に十分な現金や売却可能な財産があれば、そこから清算人の報酬を支払えるため、予納金が不要または少額で済むこともあります。
しかし、財産よりも借金が多い場合や、財産を現金化するのに時間がかかる場合には、予納金が必要となります。
予納金の金額は、事案の複雑さや財産の内容によって異なりますが、一般的な相場は以下の通りです。
ケース | 予納金の目安 |
|---|---|
財産がほとんどない場合 | 20万円~50万円 |
不動産が1件ある場合 | 50万円~80万円 |
不動産が複数ある場合 | 80万円~100万円以上 |
特に、不動産の売却が必要な場合や、債権者が多数いる場合は、予納金が高額になる傾向があります。
予納金は、相続財産清算人の報酬や手続き費用に充当されます。
手続き終了後、余剰分があれば申立人に返還されますが、全額が返還されるケースは少ないのが実情です。
相続財産から清算人の報酬を支払える場合は、予納金からの支出が少なくなり、返還額が増える可能性があります。
予納金を用意できず、相続財産清算人を選任しないまま放置すると、以下のようなリスクが生じます。
これらのリスクを考慮すると、予納金の負担は避けられない投資といえます。
予納金を避けたいという気持ちから自力で対応しようとすると、かえって大きなリスクを抱えることになります。
空き家の倒壊による損害賠償や、不適切な財産処分による相続放棄の無効化など、場合によっては数百万円から数千万円の負債を抱える事態に陥る可能性があるのです。

相続放棄をすれば、被相続人の借金や財産を一切引き継がなくて済むと考える方も多いでしょう。
しかし、相続放棄をしても、次の相続人や相続財産清算人が決まるまでは、財産の「保存義務」が残ります。
民法第940条により、相続放棄をした者は、次の相続人や相続財産清算人が財産の管理を始めるまで、自己の財産と同じ程度の注意をもって、相続財産を管理しなければならないとされています。
2023年4月の民法改正により、この保存義務は「相続放棄の時に現に占有している財産」に限定されることが明確化されました。
つまり、遠方にあって一度も見たことがない不動産などについては、保存義務は発生しません。
しかし、被相続人と同居していた場合や、相続放棄前に実家の管理をしていた場合は、保存義務が発生する可能性があります。
保存義務には、以下のような行為が含まれます。
一方、以下のような行為は「処分」に当たる可能性があり、相続放棄が無効になるリスクがあります。
保存義務に関しては、法律で下記のように定められています。
“保存義務は、相続放棄をしたときに実際に管理していた財産を、相続人または相続財産清算人に引き渡すまで続きます(改正民法940条1項)”
たとえば、あなたが実家に住んでいた状態で相続放棄をしたとします。その後、次の順位の相続人(被相続人の兄弟姉妹など)がさらに放棄しても、保存義務がその相続人に自動的に移ることはなく、実際に管理していたあなたに義務が残ります。
そのため、最終的に相続人が誰もいなくなった場合は、相続財産清算人を選任して、その清算人に財産を引き渡すまで保存義務が続くことになります。
保存義務は、相続放棄をした人が、放棄時に相続財産を現に占有している場合に限り、相続人または相続財産清算人にその財産を引き渡すまで続きます。
たとえば、相続放棄によって次順位の相続人が相続人となった場合でも、その人が当然に保存義務を負うわけではありません。保存義務を負うかどうかは、その人が相続財産を現に占有しているかなどによって判断されます。
最終的に相続人がいなくなった場合には、相続財産清算人が選任され、その清算人に財産を引き渡すまで、現に占有している相続放棄者に保存義務が残ることがあります。
保存義務を怠ると、以下のようなリスクが生じます。
このようなリスクを避けるためには、相続財産清算人を選任し、管理責任を正式に移すことが重要です。

相続放棄をしたつもりでも、一定の行為をしてしまうと「単純承認」とみなされ、相続放棄ができなくなることがあります。
単純承認とは、被相続人の財産と借金をすべて引き継ぐことです。
民法第921条により、以下の行為をすると単純承認したとみなされ、相続放棄ができなくなります。
特に注意が必要なのは、相続財産の処分です。
善意であっても、結果的に単純承認とみなされるリスクがあります。
以下のような行為は、単純承認とみなされる可能性が高いため、相続放棄を検討している場合は絶対に避けるべきです。
行為 | リスク |
|---|---|
被相続人の預貯金を引き出す | 財産の処分に該当 |
不動産を売却する | 財産の処分に該当 |
家財道具を処分する(価値があるもの) | 財産の処分に該当 |
賃貸借契約を解約する | 財産の処分に該当する可能性 |
相続財産から債権者に返済する | 財産の処分に該当する可能性 |
※賃貸借契約の解約について:被相続人が貸主だった場合は家賃を受け取る権利、借主だった場合は敷金が戻ってくる権利を失うことになります。貸主・借主のどちらの立場であっても、解約は「処分」とみなされる可能性があるため、実行する前に弁護士に相談しましょう。
一方、以下のような行為は「保存行為」または「経済的価値がない行為」として、単純承認とみなされないことが一般的です。
ただし、これらの行為も程度によっては単純承認とみなされるリスクがあるため、慎重に判断する必要があります。
以下のような行為は、善意で行ったとしても単純承認とみなされるリスクがあるため、相続放棄を検討している場合は避けるべきです。
1. 葬儀費用を被相続人の預貯金から支払う
葬儀費用は相続財産から支払うことが認められる場合もありますが、過度に高額な場合は財産の処分とみなされるリスクがあります。
安全のため、自己資金で支払うことをおすすめします。
2. 形見分けとして貴金属や美術品を受け取る
経済的価値のない形見分けは問題ありませんが、貴金属や美術品など市場価値があるものを受け取ると、財産の処分とみなされる可能性があります。
3. 公共料金の名義変更や解約
被相続人名義の契約を解約したり名義変更したりすると、財産の処分とみなされる可能性があります。
相続放棄後に、相続放棄したことを通知し、相手方に対応を求めるのが安全です。
相続放棄を確実に成立させるためには、以下の点に注意しましょう。
もし相続放棄前に財産を処分してしまった場合でも、以下の事情があれば相続放棄が認められる可能性があります。
ただし、これらの判断は個別のケースにより異なるため、弁護士に相談することをおすすめします。

相続財産清算人の選任を弁護士に依頼すると、手続きの負担を大幅に軽減できます。
弁護士に依頼すると、以下の手続きを代行してもらえます。
これらの手続きには専門的な知識が必要であり、一般の方が自力で行うと時間がかかる上にミスが発生しやすくなります。
弁護士に依頼することで、正確かつスムーズに手続きを進めることができます。
相続財産清算人の選任を弁護士に依頼する場合、費用の相場は20万円~30万円程度です。
この費用には以下の内容が含まれます。
ただし、事案が複雑な場合や相続財産の調査に時間がかかる場合は、追加費用が発生することもあります。
依頼前に見積もりを取り、費用の内訳を確認しておくことをおすすめします。
自力で手続きを行う場合、弁護士費用は不要ですが、以下のような負担が生じます。
自力で手続きする場合の負担
項目 | 内容 |
|---|---|
時間的負担 | 書類収集や申立書作成に数週間~数か月かかることも |
精神的負担 | 専門用語や手続きの複雑さによるストレス |
リスク | 書類不備による手続きの遅延や却下の可能性 |
再申立て | 不備があった場合、最初からやり直しになることも |
一方、弁護士に依頼すれば、これらの負担から解放され、本来の生活や仕事に集中できます。
特に仕事が忙しい方や法律手続きに不慣れな方にとっては、弁護士への依頼は大きなメリットとなります。
費用対効果を考えると、手続きの確実性と時間的・精神的な負担軽減を考慮すれば、弁護士費用は十分に価値のある投資といえるでしょう。
相続財産清算人の選任申立てでは、被相続人の出生から死亡までの戸籍に加え、相続人が誰もいないことを証明するために先祖や親族の戸籍も広範囲に収集する必要があります。
自力で対応する場合、各役所の窓口に通って戸籍を取り寄せる手間が発生し、平日の役所対応に追われる方も少なくありません。
弁護士に依頼すれば、職権で全国の役所から戸籍を一括収集できるため、ご自身が窓口に通う必要は一切なくなります。
さらに、明治・大正時代の戸籍には「変体仮名」と呼ばれる現代では一般的に使われない文字が用いられており、素人が正確に読解することは極めて困難です。
弁護士はこうした古い戸籍も正確に読み解くため、家庭裁判所での書類不備による差し戻しを確実に防ぐことができます。
相続放棄をした後も、空き家の管理を巡って役所から指導が入ったり、被相続人の債権者から督促の連絡が届いたりすることがあります。
こうした連絡は精神的な負担が大きく、対応に追われて本来の生活や仕事が手につかなくなる方も少なくありません。
弁護士が介入した瞬間から、これらの連絡窓口を一本化できるため、ご自身が直接批判を浴びたり、慣れない交渉で疲弊したりすることがなくなります。
弁護士は法律のプロとして、役所からの管理指導や債権者からの督促に対しても、適切な法的根拠に基づいて対応します。
精神的な平穏を守る「盾」として、弁護士の存在は大きな価値を持ちます。
前章で触れた通り、相続放棄後に遺品を処分すると「法定単純承認」とみなされ、相続放棄が無効になるリスクがあります。
これは、何が「処分行為」に該当するかという法的判断が必要な、非常に専門性の高い問題です。
「これくらいなら大丈夫だろう」という素人判断で遺品に触れたことで、後になって借金まで含めて相続を背負わされるという事例は決して珍しくありません。
弁護士に依頼すれば、「何を捨ててよくて、何を触ってはいけないのか」という法的判断をプロに完全に委ねることができます。
予納金は確かに高額ですが、それを上回る「借金を背負うリスク」をゼロにする安全策と考えれば、弁護士への依頼は十分に合理的な選択といえるでしょう。

相続財産清算人の選任は、相続放棄後の財産管理義務から解放されるための重要な手続きです。
予納金として20万円~100万円程度の費用が必要ですが、放置すれば数百万円から数千万円の負債を抱えるリスクがあります。
特に空き家の管理義務は、倒壊や火災による損害賠償責任に発展する可能性があり、軽視できません。
弁護士に依頼すれば、複雑な手続きを正確かつスムーズに進めることができ、時間的・精神的な負担も軽減されます。
費用はかかりますが、長期的なリスクを考えれば、十分に価値のある投資といえるでしょう。
相続放棄を検討している方、またはすでに放棄した方は、相続財産清算人の選任について早めに弁護士に相談することをおすすめします。

申立てから選任までの期間は、通常1か月~3か月程度です。
ただし、以下の要因により期間が変動します。
書類に不備があると手続きが遅れるため、正確な書類準備が重要です。
弁護士に依頼すれば、スムーズな進行が期待できます。
予納金は、相続財産清算人の報酬や手続き費用に充当されます。
手続き終了後、余剰分があれば返還されますが、全額が返還されるケースは少ないのが実情です。
相続財産から清算人の報酬を支払える場合は、予納金からの支出が少なくなり、返還額が増える可能性があります。
相続放棄をした後でも、相続財産を隠したり、自己のために使い込んだりするなど、相続財産を害する行為をすると、法定単純承認に当たり、相続放棄の効力を主張できなくなることがあります。
単純承認とは、被相続人の財産だけでなく借金などの債務も含めて、無限に承継することです。
そのため、相続放棄の効力を失わないためには、相続財産を勝手に持ち出したり、売却したり、使い込んだりしないよう注意が必要です。もっとも、相続財産の保存に必要な行為まで一律に禁止されるわけではありません。
相続財産清算人を選任しないと、相続放棄後も財産の管理義務が継続します。
この状態で空き家や土地を放置すると、以下のリスクが生じます。
これらのリスクから解放されるには、相続財産清算人の選任が必要です。
予納金の負担はありますが、長期的なリスクを考えると選任手続きを取るべきでしょう。
弁護士に依頼しても、必ず選任が認められるわけではありません。
裁判所は、申立ての必要性や相続財産の状況を審査して、選任の可否を判断します。
ただし、弁護士が適切な書類を準備し、必要性を説明することで、選任が認められる可能性は高まります。
申立てが却下されるケースは稀ですが、書類不備や理由が不十分な場合は、補正や追加説明を求められることがあります。
