


遺留分侵害額請求を受けた際、「払いたくない」と感じるのは自然な感情です。遺言書の通りに遺産分割をしたにも関わらず、多額の遺留分を請求されるとパニックになってしまいます。しかし、法律上の義務と個人の感情は切り離して考える必要があります。
遺留分は民法で認められた最低限の相続権です。亡くなった方の配偶者、子ども、親(直系尊属)には、遺言の内容にかかわらず一定割合の遺産を受け取る権利が法律で保護されています(被相続人の兄弟姉妹には遺留分は認められていません)。
相手が正当な権利者であり、法律の条件を満たしている限り、遺留分侵害額を支払う義務が生じます。「親の介護を手伝わなかったから」「生前不仲だったから」といった感情的な理由だけでは、支払いを拒否することはできません。
ただし、すべてのケースで支払い義務があるわけではありません。時効が成立している場合や、相手が遺留分を請求できる権利者でない場合などは、支払う必要がありません。また、請求額が適切でない場合は減額交渉の余地があります。
遺留分の支払いに関して、多くの方が直面する問題が「一括での現金払い」という原則です。2019年の民法改正により、遺留分は原則として金銭(現金)での一括払いとなりました。
この原則が意味するのは、以下のような厳しい現実です。
相続した不動産をすぐに現金化できるわけではありません。「一括での現金払い」という原則は、不動産のみを相続した方にとっては当然払えないケースもでてきます。
ただし、分割払いの交渉や裁判所への支払い猶予の申し立てなど、対処法は存在します。詳しくは後のセクションで解説します。

遺留分侵害額請求を受けた場合、必ずしもすべてのケースで支払い義務があるわけではありません。請求を受けた際には、まず自分のケースが支払い義務のない例外に該当しないかを確認することが重要です。
遺留分侵害額請求には時効があります。以下の3つの期間のいずれかが経過すると、時効によって権利が消滅します。
時効が成立しているかどうかは、請求を受けた時点で最初に確認すべき重要なポイントです。たとえ1日でも時効期間を過ぎていれば、支払い義務は完全に消滅します。
特に注意すべきは3つ目の5年の消滅時効です。
相手が1年以内に「遺留分を請求します」という通知を送ってきた段階では、まだ具体的な金額は確定していません。この通知によって「遺留分を請求する権利」が行使されたことになり、それ以降は「いくら支払うか」というお金の請求権(金銭債権)に切り替わります。
このお金の請求権には、別途5年の時効があります(民法166条1項1号)。つまり、相手から「遺留分を請求します」という最初の通知が来た後、5年間にわたり具体的な金額の請求や交渉がないまま放置された場合、支払い義務そのものが消滅する可能性があります。
「最初に手紙が来たきり、何年も連絡がない」というケースでは、この5年の時効が成立している可能性があるため、弁護士に確認することをお勧めします。
また1年の時効の起算点は「相続開始を知った時」と「遺留分侵害を知った時」の両方を知った時点からカウントされます。相手が請求してきた時点で既に時効期間が経過している場合は、「時効を援用する」という意思表示をすることで、支払いを拒否できます。
遺留分が認められているのは、亡くなった方の配偶者、子ども、親や祖父母などの直系尊属のみです。兄弟姉妹やその代襲相続人である甥・姪には、遺留分は一切認められていません。
遺留分が認められる人:
遺留分が認められない人:
兄弟姉妹から遺留分を請求されても、法律上、応じる必要はまったくありません。
遺留分は放棄することが可能です。生前の放棄には家庭裁判所の許可が必要ですが、相続開始後の放棄は相続人本人が自由に行うことができます。
相手が過去に遺留分を放棄している場合、その事実を証明できれば、支払いを拒否できます。

遺留分侵害額請求を受けたものの、手元に現金がないため「しばらく様子を見よう」と考える方がいます。しかし、遺留分請求を無視したり放置したりすることは、最も避けるべき対応です。
遺留分侵害額請求を受けた翌日から、年3%の遅延損害金(編中:法定利率は3年ごとに見直しがあり、記事作成時の利率となります)が発生し、日々加算され続けます。支払いが遅れれば遅れるほど、支払うべき総額が雪だるま式に増えていきます。
具体的には、以下のような計算になります。
この遅延損害金は、元本が支払われるまで継続的に発生します。放置すればするほど、最終的に支払わなければならない金額が大きくなってしまうのです。
遺留分を支払わずに放置していると、相手から「遺留分侵害額請求調停」を申し立てられる可能性が高いです。これは家庭裁判所で調停委員を交えて話し合う手続きです。
もし調停でも合意できなければ、次は地方裁判所等で「訴訟(裁判)」を起こされます。訴訟になると、裁判官から一括支払いの判決を下されたり、最悪の場合は財産や口座を差し押さえられたりするリスクがあります。
訴訟になると、以下のような負担が生じます。
訴訟で敗訴し、判決が確定しても支払いに応じない場合、相手方は強制執行の手続きを取ることができます。
銀行口座の差し押さえ:
口座が差し押さえられ、預金を引き出すことができなくなります。生活費や光熱費の引き落としもできなくなり、日常生活に深刻な支障が生じます。
給与の差し押さえ:
勤務先に裁判所から通知が届きます。職場に遺留分トラブルの存在が知られてしまい、社会的信用を失うリスクがあります。
現金や預金が不足している場合、最終的には不動産が差し押さえの対象となります。現在住んでいる実家が差し押さえられ、競売にかけられる可能性があります。
競売にかけられた不動産は、通常の市場価格よりも低い価格で落札されることが多く、大きな経済的損失となります。不動産の所有権が他人に移転すると、住む場所を失うことになり、生活の基盤が崩壊してしまいます。
実家を守るためには、遺留分請求を放置せず、早期に対応することが不可欠です。

突然の遺留分侵害額請求に直面すると、焦りや不安から冷静な判断ができなくなりがちです。請求を受けた際には、まず落ち着いて状況を整理し、順を追って確認と対応を進めることが重要です。
最初に確認すべきは、相手が本当に遺留分を請求できる権利者であるかどうかです。遺留分が認められているのは配偶者、子ども(およびその代襲相続人である孫等の直系卑属)、親(直系尊属)のみであり、兄弟姉妹やその代襲相続人には遺留分はありません。
確認すべきポイント:
次に、時効が成立していないかを確認します。時効の成立を確認できれば、支払いを拒否する正当な理由となります。
相手から提示された遺留分侵害額が、本当に適切な計算に基づいているかを疑う視点を持つことが重要です。多くの場合、相手は自分に有利な「高い評価額」を基準に請求額を算出しています。
確認すべきポイント:
請求額をそのまま受け入れるのではなく、専門家の意見を聞きながら適正な金額を見極めることが大切です。
遺留分を侵害している人が複数いる場合、支払い義務は侵害者全員で分担することになります。自分一人で全額を負担する必要があるのか、それとも他に負担すべき人がいるのかを確認しましょう。
亡くなった方が生前に複数の人に財産を贈与していた場合、それぞれの贈与を受けた人が遺留分侵害の責任を負います。
確認の結果、相手の請求が正当であり、請求額も適切であると判断された場合は、支払いに応じるのが基本的な対応です。
ただし、一括での現金払いが困難な場合は、分割払いを提案することができます。相手との交渉によって、月々の支払額や支払い期間を取り決め、無理のない範囲で支払いを行うことが可能です。
分割払いの合意をする際には、必ず書面で取り決めを残すことが重要です。
請求内容や金額に疑問がある場合、時効が疑われる場合、特別受益の主張で減額できる可能性がある場合などは、安易に支払いに応じるのではなく、相手と交渉する段階に移行します。
交渉では、自分の主張を明確に伝え、証拠を提示しながら減額や支払い条件の変更を求めます。交渉が難航する場合や、相手に弁護士がついている場合は、自分も弁護士に依頼することを強くお勧めします。

手元に現金がなく、遺留分侵害額を一括で支払うことが困難な場合、どのような対応があるのでしょうか。ここでは、遺留分を払えない場合に検討すべき4つの具体的な解決策を解説します。
最も現実的で穏便な解決方法は、相手との交渉によって分割払いの合意を取り付けることです。一括での支払いが困難であることを説明し、月々の支払額と支払い期間を取り決めます。
交渉を成功させるポイント:
ただし、感情的な対立が激しい場合では、当事者同士の交渉が難しい場合があります。弁護士という第三者が介入することで、冷静かつ客観的な話し合いを進めることができます。
民法1047条5項に基づき、裁判所に対して遺留分侵害額の支払いについて「期限の許与」を申し立てることができます。これは、一括での支払いが困難な場合に、裁判所が支払い期限を延長してくれる制度です。
ただし、民法では期限の許与が認められる具体的な要件は定められておらず、裁判所の裁量による判断となります。そのため、説得力のある事情の主張・立証が不可欠です。
裁判所に主張すべき事情:
期限の許与を申し立てる場合は、弁護士に依頼して説得力のある返済計画を作成し、裁判所に提出することが重要です。
実家を手放したくないが現金が必要な場合、リースバックやリバースモーゲージといった金融手段を活用することで、住み続けながら資金を調達することができます。
リースバック:
自宅を不動産会社に売却し、その後は家賃を支払って同じ家に住み続ける仕組みです。売却によって現金を得られるため、遺留分侵害額の支払いに充てることができます。引っ越しの必要がなく、住み慣れた家での生活を継続できます。
リバースモーゲージ:
自宅を担保にして金融機関から融資を受ける制度です。高齢者向けの商品が多く、生存中は利息のみを支払い、死亡後に自宅を売却して元本を返済する仕組みが一般的です。
これらの金融手段を利用する際には、複数の金融機関や不動産会社から見積もりを取り、条件を比較検討することが重要です。
これまでの3つの戦略は「支払い方法」に関するものでしたが、この戦略4は「支払額そのもの」を減額する攻めの戦術です。相手の請求額が適切でない場合、法的な主張によって大幅に減額できる可能性があります。
減額できる主な方法:
不動産の評価額を争う:
相手は高い実勢価格を基準に遺留分を計算してくることが多いですが、こちらは路線価や固定資産税評価額などをもとに、より低い評価額を主張することができます。
特別受益の主張による減額:
相手が生前に親から受けた援助(学費、住宅購入資金、結婚資金など)を特別受益として遺産に持ち戻すことで、相手の遺留分侵害額を減らすことができます。ただし、証拠が必要です。
特別受益の主張には証拠が必要です。親から相手への金銭援助を証明できる資料を集めることが重要です。弁護士に依頼すれば、弁護士会照会などの手段を使って金融機関から取引履歴を取り寄せることも可能です。
これらの主張は専門的な法律知識と証拠収集が必要なため、弁護士に依頼して戦略的に進めることが不可欠です。

遺留分侵害額請求への対応は、法律の専門知識が必要な複雑な問題です。「お金がないから」と一人で抱え込み、適切な対処をしないまま時間が経過すると、取り返しのつかない事態に陥るリスクがあります。
弁護士に相談することで、あなたの状況に応じた最適な解決策を見つけることができます。初回相談を無料で行っている法律事務所もありますので、まずは気軽に相談してみることをお勧めします。
弁護士費用が心配な方もいるかもしれません。しかし、柔軟な支払いプランを用意している事務所が多くあります。着手金の分割払い、解決後の後払い、法テラスの弁護士費用立替制度(収入や資産が一定基準以下の場合、月々5,000円から1万円程度の分割で返済)など、さまざまな選択肢があります。
「お金がないから弁護士に頼めない」と諦める必要はありません。まずは初回無料相談を実施している弁護士に、支払い方法も含めて率直に相談してみることを強くお勧めします。
原則としてできません。相続放棄は「自分が相続開始を知った時から3ヶ月以内」に家庭裁判所に申述する必要があります。すでに実家を相続して名義変更などを済ませている場合は「単純承認」(すでに相続を受け入れたとみなされる)とみなされ、後からの放棄は認められません。
したがって、遺留分侵害額請求を受けた時点で既に相続手続きを進めている場合、相続放棄によって支払いを免れることはできません。放棄以外の方法で対処する必要があります。
相手が合意すれば「代物弁済」として解決可能です。代物弁済とは、本来の給付(金銭)の代わりに他の物(不動産など)を引き渡すことで債務を消滅させることを指します。
ただし、不動産の評価額を巡って再びトラブルになるケースが多いため、注意が必要です。代物弁済で解決する場合は、弁護士を入れた上で、お互いが納得する適正な評価と合意書を交わすことが必須です。
相手が直接の交渉を強要してくる場合、精神的に疲弊して不利な条件で合意してしまう危険があります。
このような状況では、早急に弁護士に依頼することを強くお勧めします。弁護士が代理人となった時点で、相手からの直接の連絡を遮断できます。
弁護士は、相手に対して「今後の連絡は全て代理人である弁護士を通じて行ってください」という通知を送ります。この通知以降、相手があなたに直接連絡してくることは通常なくなります。
ご安心ください。遺留分のトラブルに注力している法律事務所の中には、手元に現金がない方に向けて柔軟な支払いプランを用意しているところがあります。
着手金の分割払いに対応している事務所や、不動産売却等の解決後に精算する「後払い(完全成功報酬型)」という方法もあります。
さらに、収入や資産が一定基準以下であれば、法テラスの弁護士費用立替制度を利用することも可能です。法テラスを利用すれば、月々5,000円から1万円程度の分割で返済することができます。
「お金がないから」と諦めず、まずは初回無料相談を実施している弁護士に、支払い方法も含めて率直に相談してみることを強くお勧めします。
